登場人物の名前を冠した映画は沢山あるけれど、本作ほどに「市子」というタイトルがしっくりくることはなかなかない。
クローズアップのカメラが捉える市子も、少し離れた位置からのショットも、全ては偽りない彼女そのものを写しているはずなのに、市子の見せる表情なのか、市子の視線の先なのか…物語が展開していくに伴い市子の過去は明らかになっていっているはずなのに、どんどんと市子が分からなくなる。
サスペンス的なプロットや描かれる数々の社会問題、それどころか市子以外の登場人物全てが、市子というキャラクターを描くツールとなっているように感じ、その潔さに感服。それでも自分たちは、市子という存在を捉えきれない。彼女がただただ普通の生活を生きたいと強く願っている、ということ以外は。