眠れないよ

市子の眠れないよのネタバレレビュー・内容・結末

市子(2023年製作の映画)
4.0

このレビューはネタバレを含みます

どんな名前でも嘘があってもあなたが誰でも、狭い部屋でおかえりとただいまを言い合った記憶が私たちにはあって、その思い出があなたに会いたいという理由になること、共に生きたい理由になること。社会問題ではなく、そういう愛の形を描きたかった映画のような気がして、だから若葉竜也のことを、市子にとっての希望のことを考えずにはいられなかった。

冒頭、背を向けて遠ざかっていく市子とスクーターを飛ばしてカメラに向かってくる長谷川、ラストシーンはこちらに向かって歩く市子。この起結の撮り方がこの映画を表しているような気がする。

婚姻届という紙切れには"ずっと一緒に生きていこう"という二人の約束事が秘められているような幻想を、結婚をしたことのない僕はまだ抱いてしまう。だから婚姻届は市子がずっと欲しかった普通の暮らし、未来そのもののように思えて、彼女の夢みた願いであると同時に、二人の関係性を終わらせてしまう現実として立ちはだかっていたことが悲しい。彼女の涙は嬉しいと悲しいが同居している涙だった。


一緒に映画を観た人は、好きな人のために自分の死を選ばず、自分が捨てた過去の男に救いを求めた彼女のことを自己中だと言っていた。市子は存在しないほうがいいのかもしれないと言っていた。


市子を眺めながら、あの人によく似ているなと思ったけれど、あの人が誰だったのか、実在していたのか妄想で作り上げただけなのかよく分からなかった。けれど市子に似たその人の横顔を見つめていた自分のことはなぜか覚えていて、僕もその人のヒーローになりたかったことを思い出していた。数年前の自分が観たらきっとだめな映画だった。
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