フラハティ

市子のフラハティのレビュー・感想・評価

市子(2023年製作の映画)
3.5
なんのためにここまで生きてるんだっけ?


同じクラスでは、ちょっと変わってるがなんの変哲もない女子。
同じ職場ではあまり自分のことを話さず、滅多に笑わない女性。
この社会では誰からも必要とされていない人間。
それが市子。

私の人生の行く先はずっと不明瞭で、誰かが光を当ててくれるけれど、パッと消えていく。
私が歩いてきた道のりはずっと暗いものでしかないのに、普通を求めて手を伸ばしている。
誰かの首を締め付けるように。
私はこうして生き続けるのだ。


突然の失踪から、彼女の人生に携わってきた人々により浮き彫りになる市子という人間。
3年間一緒にいるだけではわからないことばかり。
彼女の素性、内面、価値観、好きなもの、嫌いなこと、隠したいこと、明らかにしたいこと。
笑顔を見せてくれる瞬間は嘘じゃないけど、その笑顔に至るまでの彼女が抱えた過去は消えることはない。
なくなってから見つけるものばかりだ。
ひとりで抱えきれないほどの境遇を重ねながら、「私は幸福を求めてはいけない。」と人生を諦めている。
すべてを洗い流すほどの大雨はたったの一瞬で、流れ落ちることのない苦しみは心を蝕む。
それでも生きたい。
そう願う心はどこへ向かうのか。


もとはといえば母親が原因なんだが、じゃあ彼女が最善策を講じることができたかといえばできない。
彼女がなぜ手を伸ばせなかったのかは、環境によって寸断された自己判断によるものだし、現実と向き合うことができず逃げ続けることでしか現在を生きることができない。
じゃあ誰かが守ってやろうとしても、個人でできることには限界があり、そもそも守るとかいう傲慢さは、僕らが恵まれている側だから生じている偉そうな判断なのだ。
社会的に追い込まれた人たちを救う取り組みはどこまで進んでいるのか。
貧しきものは情報すら得られないから、貧しいままでしかいられないという負のループに陥るのは現代の課題ではあると思うよ。


興味深かったなと思ったが、脚本の粗さが感じられたのが個人的にはもったいないなと。
ステレオタイプ的な家庭環境とか、市子の価値観の形成のされ方。
市子が空っぽだからと思えばわかるが、彼女が生きたい理由があまりはっきりと描かれていないところも、もう少し鮮明になってくれば入り込めたのになとは思った。
学校通ってたなら先生とかから何とかなるだろとか冷静に思った。
あと後半からなぜか演技が過剰に見え始めたのも不思議。
映像の落ち着きと、演技の燃え上がりが釣り合ってないように思えた。
比べるのもあれだが、『ロゼッタ』みたいな切迫さがなかったから、あくまでもサスペンス映画の域を越えない範囲の作品として描いているのかなとは感じている。


個人的に一番好きなシーンは市子と北がアイス食べてるところ。
生とか死とか苦しみとか楽しみとか、ひっくるめて今この瞬間には存在していないような平凡さが、本作のなかではこのシーンだけに思えたから。
市子が本当に安心していられた場所って一体どこだったんだろうか。
「うち、ほんまは市子って言うねん。」
フラハティ

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