スローモーション男

アキレスと亀のスローモーション男のレビュー・感想・評価

アキレスと亀(2008年製作の映画)
4.8
 これは良かったです!

 絵描きになりたい真知寿は、子供の頃から絵ばかり書いている。そんな彼は大人になっても絵を描き続けるがまったく売れない。それでも理解者である妻と出会い、危険なことをしてまで絵を描き続けていく。

 『TAKESHI'S』や『監督、ばんざい』と違ってランダムにプロットがあるわけでなく、少年期、青年期、中年期とストーリー仕立てになっているのでとても観やすく、描き続ける芸術家としての苦悩と周りの変化などが際立って見事に調和していました。
 あと劇中に出てくる絵画はほとんどビートたけしさん本人が描いている。『キッズ・リターン』や『HANA-BI』にも本人が描いた絵が登場しますね!本当に多彩な人物です!

 特に柳ユーレイが演じる青年期は、自分とも被ってしまう。いくら芸術を理解してても売れなきゃ話にならない。「アフリカの貧しい子供たちにピカソの絵とおにぎり、どっち取るかと言われたらおにぎりに飛び付く。」周りの友達はみんな芸術に苛まれ、死んでいく。でも絵を選ぶ批評家やパトロンも芸術が何か分かってるのか?と問いかけてもいる。

 それでも献身的に支える妻が好い人すぎる。でも中年期はあまりにもヤバい人になって絵のために人様に迷惑をかけ続ける。あの辺はゴッホを思い出しました。ゴッホだって自画像のために耳を切ったくらいだから…。
 娘が死んで、その顔に口紅をつけていくくだりなんか、さすがに妻が止めに入る。もうここまで来ると狂気のために絵を書いている。でもこれが本当の芸術家なのかもしれない。周りに理解されなくても、芸術にするために不謹慎だろうが行動してしまう。これは画家も音楽家も映画作家も同じだと思う。
最後の展開はマルセル・デュシャンの『泉』を思い出した。便器を持ってきたあれに似てる。果たして何が芸術なのか?

僕自身も映画を作っている上で売れなかったらこうなるかもと想像するほど怖い映画。でもそんな絶望のなかでも小さな幸福がある。理解者がいればね…。

北野武監督の中でもここまで芸術を語った映画はないです。かなり好きな作品はでした!