近本光司

悪は存在しないの近本光司のレビュー・感想・評価

悪は存在しない(2023年製作の映画)
4.0
真冬の森の木立を真下から仰ぎ見る移動ショット。あの映像を見ているのはだれか、という問いのもとにこの物語がつくられたのではという気がする。そのじつ、あの映像は冒頭と結末に二度繰り返される。そしてその二度目のショットに、わたしは深く戦慄を憶えたのだった。あれは生者の視点か、死者の視点か。終盤に至るまで、あの大自然に比しては逆に不思議なくらい聖性が脱却された現代の物語になっているわけだが、最終盤で急激に転調を来す。なるほど、「悪は存在しない」。これは復讐劇ではない。手負の鹿がまれに人間に反射的に攻撃的になってしまうように、暴力が噴出することはあれど、それはあくまで反射にすぎない。事故や厄災の原因をひとつだけ明示することはできない。その場にいたものが「運悪く」供儀に差し出されるのみである。濱口の新境地。石橋英子のバージョンもどうなってるのか気になるがなあ。