鶏

悪は存在しないの鶏のレビュー・感想・評価

悪は存在しない(2023年製作の映画)
4.0
『最後の巧の行動の意味は?』

「悪は存在しない」という題名からは、「悪なき殺人」と「熊は、いない」を連想させられましたが、無口な父親と無邪気な娘が大自然の中を彷徨うという話の内容からは「葬送のカーネーション」を連想。「葬送のカーネーション」は祖父と孫娘の物語でしたが、本作の花を演じた西川玲と、同作の孫娘役のムサを演じたデミル・パルスジャンは、いずれも鼻筋が通って目もパッチリした眉目秀麗な顔立ちにしてロングヘア。また衣装も花は青のダウンジャケットと帽子、 ムサは赤のダウンジャケットと帽子を着けていて、色こそ違え色が強調されていたので、国が違っても似ている人はいるものだと感心したところでした。

いずれにしても、「悪なき殺人」、「熊は、いない」、「葬送のカーネーション」と同様の”外国映画の雰囲気”を漂わせていた本作。冒頭でも「Evil Does Not Exist」と英語の題名のみ表示されていて、外国映画そのものという感じ。日本を舞台にして日本人が演じているから日本映画というカテゴリーには入るけれども、そのまま舞台を外国に移しても何ら違和感がないような作品でした。

お話の内容としては、信州諏訪地域の山間部に位置すると思われる”水挽町”(架空の町のようです)に、東京の芸能事務所がコロナ補助金目当てにグランピング施設を建設する計画が持ち上がり、その施設の汚水が水源に流れ込むということが発覚して地元住民がざわつくというものでした。面白かったのは、コロナ禍という現実の大問題を背景に、政府や自治体の補助金目当てに企業がなりふり構わぬ生き残り策を模索し、さらにそんな企業をアドバイスすることでコンサル料を稼ぐコンサルタントの存在など、実社会の生臭い”大人の事情”が物語の土台になっているため、物語世界全体に非常に高いリアリティが与えられていたというところでした。

また、グランピング施設建設の地元説明会を主催した芸能事務所側の高橋と黛が、地元住民たちの意見を聞いていくうちに逆に説得されて行き、芸能事務所からしたら木乃伊取りが木乃伊になる展開もカタルシスを感じられました。

そして”伏線の回収”という部分でも、遠くから聞こえる鹿猟の銃声、主人公の巧が物忘れをしがちで、娘の花のお迎えを何度も忘れていること、野生の鹿は基本的に人を襲わないが、手負いの鹿は襲うかもしれないという話、好奇心旺盛な花が、学童保育所から一人で山中の道なき道を歩いて帰っていることなど、どんな結末になるか大方予想でき、その通りになった時は、安心感すら覚えました。

ところが、です。最後の最後の巧の行動は全くもって私の理解の範疇を超えており、いまだに合点がいっていません。自然と向き合って自然の中で暮らす巧のこと、大自然を相手にする時に最も合理的な方法があの”裸締め”だったのか?それとも親子の関係に他人を介在させたくなかったから取った行動なのか?はたまた善悪と関係なく、時に理不尽とも思えるような牙を向く大自然のメタファーとして巧を使ったのか?

もう一度観れば理解できるならもう一度観たいんですが、理解できる自信がないというのがホントのところです。

自然の息遣いを感じられる音響、森にいるのかと錯覚させられる映像から、都会人のエゴ、さらにはそれに疑問を感じ揺れ動く高橋や黛の心情、地方の観光開発による地元住民の生活への影響の考察など、非常に興味深い作品だっただけに、やはりあの謎のエンディングがウラメシイと感じるところでした。

そんな訳で、本作の評価は★4とします。
鶏