あかぬ

悪は存在しないのあかぬのレビュー・感想・評価

悪は存在しない(2023年製作の映画)
5.0
徹底的。

豊かな自然に囲まれた長野県水挽町。東京からも近いこの町は、若者の移住者も見られ緩やかに発展している。そこで昔から暮らしている巧と娘のハナは、町から少し離れた森の中で自然のリズムに合わせた慎ましい生活様式を崩すことなく日々過ごしていた。
しかしある日、彼らの住む森にグランピング施設を建設する計画が持ち上がる。町の住民向けに開発についての説明会が開かれるが、森の環境や住民の生活に配慮しないお粗末な計画に住民たちの不信感は募るばかり。そして町に流れ出した不穏な空気は巧とハナの生活する森にまで侵食していく……というお話。

空を見上げるような視点から映し出された樹々がただ流れていく様が延々と続く。そしてなんの前触れもなく音楽がブツっと途切れた途端ハナのカットに移り変わる。あの不気味な冒頭から、これから"厭な"ことが起こりそうな予感を感じ取って思わず身構えてしまう。
丘わさび採取シーンでの巧とうどん屋の店主との会話の、まるで台本の読み合わせをしているかのような棒読み感に早速違和感を覚える。
淡白な語り口調の人物たちや、冷徹な眼差しのカメラが映す無口な森、薄氷に覆われた湖、屍、枝についた棘など、それらがなんとも言えない謎の緊張感を作り出していて心が休まらなかった。
最初は巧や水挽町の住人たちの棒読み感に違和感を感じていたが、物語を追っていくうちに今度は芸能事務所の上滑りの社長や軽薄なタカハシの一見感じがよくて"自然っぽい"喋り方の方が目立って気味悪く感じてしまうという不思議な現象に陥り、実はあの「棒読み感」こそが登場人物に説得力を持たせる重大な役割を果たしていたのかと気がつく。特に巧に関してはあの喋り方以外ありえないんじゃないかと思うくらいビタっとハマっていたように思う。
いかにもなコンサルと、グランピングという2つの要素が合わさることで、強烈な禍々しさを生み出していて物凄い。そんで濱口監督はこういうのが本当に嫌いなんだろうなというのがひしひしと伝わってきて地味にオモロい。かくいう私もああいうのは苦手な部類に入るので、しっかり笑顔とかオシャレに潜む邪悪さを感じ取ったよ。

荘厳な自然と愚かな人間との対比を描いていた点で、最近観た『ゴッドランド』のストーリーと通じるものを感じたのだけれど、この作品にはマグマが流れ出る火山や吹き荒む荒野だとかドラマチックでバカでかい自然が出てくるわけではない、長野県のなんてことない森の、ほんの一部しか映していないのに何故ここまではかり知れないパワーを感じさせるのか。
観終わった直後はただ呆然とし、しばらく困惑していて正直ハマれなかったのだけど、不思議と何か惹きつける引力みたいなものがあって、何度も思い返して考えていくうちにどんどんこの作品のことが好きになる。一言で面白いとは言えないが、とにかく観て良かったと思う。

わかりやすい悪を見つけて叩くのは簡単だが、善悪というのは実際はもっと複雑で曖昧なものである。
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