してぃぼ

悪は存在しないのしてぃぼのレビュー・感想・評価

悪は存在しない(2023年製作の映画)
4.8
長野県の山奥。コロナの補助金目当てに今すぐグランピング施設を建設したい企業と、町の住民との対立。建設に伴う生活用水の排出や、自然や動物に対する配慮。豊かな自然に魅力を感じて移住してきた人の想い。川上に住む住民として川下の環境を汚すような、お金儲けだけを追求してはいけないという使命感。

正義の反対は悪ではなく、別の正義だとどこかで聞いたことのある言葉を思い出した。

先日、好きな映画の話の流れで「悪人が出てくる映画の魅力って何ですか?」と聞かれた。この映画を観て、真に悪い人はいなくて、ある人にとっては誰かは悪い人で、また別の人にとってはいい人だと思った。というか善悪だけでなく人間の捉え方って人によってやっぱり違うんだなと思った。娘のお迎えや集会を忘れるちょっと抜けてるところのある巧。自然に関する知識が豊富で町の便利屋という名の欠かせない頼りになる存在の巧。初対面でタメ口かつとっつきにくい性格の巧。おすすめのお店に連れて行ってくれたり、怪我を労ってくれる巧。手負いの鹿を見て環境をこれ以上破壊しない為の手段はそれしかないと言わんばかりに衝動的に殺人未遂を犯す巧。全部が同じ人間。どこかを切り取ったら彼は善人だし、悪人でもある。

ラストの解釈は人によってかなり異なりそう。はなちゃんが出血していたのは、実は鹿の攻撃によるもので、鹿は人を襲わないと言っていたのにそうなったということは、自然側からのメッセージになっている。バランスを重んじる中で、それを崩すような振る舞いをしたことではなちゃんに対して警告したんじゃないかなって。だから巧は、鹿の前ではなちゃんに見せない構図で高橋を殺そうとしたんじゃないかな。という考察があったり。

またある解釈も自分の中ではあって。ラストの前に真っ暗の中みんながライトを持ちながら捜索をしていたけど、3人+鹿のシーンはおそらく夜明け?だった。でもあそこだけもやがめちゃくちゃかかっていて、非現実的な空間に思えた。実はもうあのタイミングではなちゃんは死んでいてラストは巧が見た幻想なのではないかと。色々な見方がありそう。

高橋の存在も面白い。 説明会では一見バリバリのプランナーにも見えたのに、実際にはコンサル&事務所と町の住民の板挟みになっていたただの社員。しかも元役者で彼女募集中で同僚には優しい一面もあるお兄さんという顔もある。誰だって見方が変われば印象も変わる。

物語は、前半では豊かな自然と風景を描きつつ、中盤からは人間ドラマと各人物の深掘り、そしてラストは衝撃の展開。更に引きつけられる会話劇と特にフフッと笑っちゃう台詞回し。もはや言うことがない。

巧に連れられたうどん屋で「あったまりました!」「それ、味関係ないですよね。」という掛け合いもとても軽妙。気を遣って言った一言が空回りする時ってある。

芸能事務所の社長が「悪」に近い気がするけど、描かれていない事情や展望がひょっとしたらあるのではと思うと一概にはそうは言えなくなる。アカデミー賞受賞監督が大手シネコンではなく敢えてミニシアターだけで公開を始めた濱口監督は本当に素晴らしい。しかもこんなにも良い映画を。全部が全部観たわけでないけ過去作に出演していた俳優さんもいました。主演の大美賀さんは「偶然と想像」では製作担当者で、今作ではシナリオ制作時点ではドライバー。 その大抜擢を知ってびっくり。

所々海外から見た視点を意識しているような気がして、例えば分かりやすい日本的描写や風光明媚さを映しているその強かさを感じたりもします。今年圧倒的ベストです。
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