こーたろー

悪は存在しないのこーたろーのレビュー・感想・評価

悪は存在しない(2023年製作の映画)
4.0
 良かったなあ。寝ても覚めてもやドライブマイカーの方が好きだけれど、本作も好きな作品になった。

 まず音楽がとても良かった。神秘的な長野の自然風景にとても馴染んでいたし、ぶつ切りで音楽が途切れる演出は後に起こる展開の不穏さを醸し出しており、どんどん物語に引き込まれる要素の一つになっている。
 この映画を見た人ならラストについて語りたくなるのは当然だろう。なぜなら説明が全くなく、ヒントのようなものが作中を通して散りばめられているだけであり、解釈は完全に観客に委ねられている。
 主人公の「鹿は人を襲うことはない。あるとすれば手負いの場合か、その親だ。」といったセリフ。そしてラストで娘が倒れているところを発見した時に一瞬差し込まれる弾痕のある鹿の映像。ここをどう解釈するかがこの作品をどう捉えるかの肝となっている。
 個人的には、主人公の仕事が便利屋であるといった発言がとても気になった。作中を通して便利屋業をしてお金を受け取っているシーンはないからだ(水汲みを手伝うシーンはあるがお金をもらっている描写はない)。また、車中での会話でグランピング担当の女の人がグランピングができたら鹿はどこに行く?と尋ねた際、主人公は何も答えなかった意味深なシーン。そして、悪は存在しないというタイトル。ここについても作中では一切触れられていない。
 自分の解釈としては、主人公は便利屋ではなくなにかあのグランピング建設予定地を利用した仕事(例えば狩猟や下流での水を利用した仕事等)をしていて、グランピングが建てられることによって水場であるあの場所を奪われる鹿のことを、仕事が奪われる自分に重ねていたのではないかと感じた。水は全ての生物にとっての命の源であり、それは鹿もこの町の住民にとってもグランピングを建設しようとしている会社にとってもそう。上流で汚した水は回り回って下流の水に影響が出るというセリフも、外部から加えられる環境の変化によってそこに元からいた生物はなにかしらのアクションを起こさざるを得ないといった解釈をすればラストの主人公の行動にも納得できる。弱肉強食の食うか食われるかの生存競争の中で、殺生を悪と捉える生物はいない。それは自身が生きるためだからだ。そういった意味では悪は存在しないといったタイトルにも納得できるし、あの主人公のとった行動は生存競争の中で必要な行動だったと解釈せざるを得ない。そのため娘と共謀してあのラストの展開になったのかなと感じた。しかし、グランピング担当の男も気絶しただけで殺されたわけではなかったり、ラストシーンでもやが凄い出ていたことも幻覚であることを表しているのか?と感じた。まだまだ考える余地は多くあるため、何回も見ていく必要があると感じた。
 そして、本作を見て改めて濱口監督は人間を描くのが上手いなあと感じた。人間は善の部分と悪の部分が内に同居してて、置かれている状況や立場によって善にも悪にもなれるものだと思う。善か悪、どちらか一辺倒のアニメキャラクターとは違う。濱口監督はそれを上手く捉えることができる監督だと本作でより確信した。次回作も今から楽しみ。
 
 完全に単館向けの映画であり、人によって好みは分かれるだろうが個人的には好きな作品だった。また見返したいと感じた。

※追記※
主人公が便利屋と名乗る際、「俺は便利屋だ。この町の。」といった言い方をしていたことが気になっていた。倒置法によってこの町の便利屋であることを強調しているようにも聞こえたからだ。改めて日を置いて考えると、主人公は自然を破壊する異物を排除する自浄作用を持ったこの町の一部として存在しているといった意味の発言だったとも捉えられる。そのように考えれば辻褄も合うし、主人公の発言全てにも一貫性が生まれるように感じる。なんにせよ、見た観客の数だけ解釈が生まれる素晴らしい作品なのは間違いない。