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悪は存在しないのtamashiiのレビュー・感想・評価

悪は存在しない(2023年製作の映画)
4.6
劇場鑑賞。対話の構造的失敗を描く怪作。

ラストはどうもメタ的視点で作ってあると思われる。人間社会は予定調和で進まない。悪は存在しないが、互いの善意がすれ違っているに過ぎないというわけではないし、努力すれば報われるというわけでもない。和解の糸口が生まれ、誰もが一つの願いを共有したところで、悪意なしに破綻が生じる。大自然に導かれたとか、敵側に味方していたことへの後悔が湧き上がったとか、極限の緊張で動転したとか、解釈のしようは色々ある。明確に正しいと言える解釈が描かれていないということは明確であり、しかし何の意図もなく気まぐれに作ったとはとても思えない監督なので、メタ的視点を読み解く作業が大切だろう。

元々音楽に合わせた映像作品として始まったという経緯もあり、劇伴が大変素晴らしい。音楽がかなりの物語的心情を語っている。曲に表現される無力感と悲しみは、自然豊かな水挽町の風景と相まって、自分の故郷の田舎の空気感を猛烈に思い起こさせた。小さい頃、父親の軽自動車に乗せられあんな風な田舎道の風景を窓から眺めていたものだ。子供の頃にはその車から降りて自分の足で歩くということはできなかった。廃れた町の風景が過ぎ去るままをただ眺めるしかなかった。大人になり、都会で生活するようになって、あの頃感じていた漫然とした閉塞感は田舎特有のものだったのだとはっきり認識できるようになった。

まあしかし、リアル田舎をちゃんと思い出すと、本作はちょっとドラマチック過ぎるよねというきらいはある。今の田舎の小学校なら、親の送迎が当然なので子供一人で帰ったりしないだろう。住民説明会も実際にはそこまで盛り上がらないだろうし、あのぐらいの計画だったら説明会なしの可能性もあるのでは。都会育ちの監督ならではの農村美化をちょっと感じる。本作の致命的な欠陥ではないが。
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