okawara

悪は存在しないのokawaraのレビュー・感想・評価

悪は存在しない(2023年製作の映画)
4.3
それ相応の厳しさを求められるはずの田舎の人々の暮らしを、ひとまず慎ましいものとして了解したり、ともすればそれ自体の穏やかさに反した不穏さを劇伴に見出したりする観者の粗末な理解が、我々が冷笑を向ける都会の人々の傲慢さと、とりたてて変わらぬものであることはいうまでもない。そもそもスクリーンを通してこの世界に触れようとする我々は、画面を通してのみこの世界との接触を図るコンサルティング会社の社員と同じ地平にいるのだから、我々の冷笑は、その矛先が常に己に向かう不気味な鑑賞体験にほかならない。

ところでこの映画のカメラは、陸わさびや鹿の死骸として人物から視線を向けられるように、アニミズム的な振る舞いをみせる。映画の序盤、父をそれなりに長いトラヴェリングで追うカメラは、森の起伏に遮られた直後に突如として娘をフレームに収める。だから、あらかじめマジカルな存在として示された父娘の最後の姿は、さして驚くに値するものではなく、むしろ映画の終盤、鹿の死骸の視点と思しきカメラが芸能事務所の女性社員を控えめなパンニングで追いかけた瞬間、すなわち停止したはずの命がふたたび息を吹き返した光景にこそ、仰天すべきだろうと思う。それはこの映画のカメラの振る舞いを決定する、特権を超えた神聖とでも呼ぶべき不気味な主体性であり、それを畏怖せぬことは、映画と戯れる権利が無条件に我々にあると、当然のように認めてしまうことを意味する気がしてならないからだ。
okawara

okawara