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悪は存在しないのmorettiのレビュー・感想・評価

悪は存在しない(2023年製作の映画)
4.5
やっとこさ観てきました「悪は存在しない」。
悪が存在しないのであれば善も存在しない、そういうSEKAI-KANです!
 
濱口竜介監督はわたしにとって真の意味で同時代の映画作家で、彼の映画を観ていると(おこがましいことですが)〝同じ時代の空気を吸い同じ映画を観てきた〟という共感のような感触があってとても肌なじみがよく、盲目的に信頼したいと思っております。
同年代でもあるので心の中では「はまぐっちゃん」と呼んでます。
 
で…SNSのタイムラインで「ラストが衝撃的」というような文言を薄めで見ておりちょっとは構えていたんですけど、いやはやびっくりしたし色々感じたので「もっかい観る!」となっております今。
 
風光明媚な田舎町に都会が市場原理を振りかざしてやってくる文明の衝突モノ、と思いきや、半分はそんな映画でありつつ、残り半分はなにか得体の知れない、映像と音楽と編集でしか語りえない映画的なナニカでしたね。
 
文明の衝突というところで昨年観た「理想郷」を想起したんですけど、あの映画の冒頭のアレが思いがけず本作にも入ってました…
 
観た人それぞれで掴んだ形が違ってきそうなタイプの映画ですけど、「ドライブ・マイ・カー」のあとに世間が期待するものに後ろ足で砂をかけるような、そんな濱口監督の映画作家としての矜持と天邪鬼と胆力を観た気がします。
上からあまりアレコレ言われない製作体制で出来たのがコレ、というのがなんとも具合がいい。
 
うかうかしてると映画ファンとして映画的な固有名詞をあれこれ並べたり寓意や暗喩を深読みしてしまいそうで、そんなのこっ恥ずかしいのでひとつだけ!
これは若い頃に「恐怖分子」とか「CURE」とか「Helpless」を観てびんびんになった人が作った映画ですたぶん!
 
この映画の中で描かれた様々なモチーフや事象について濱口監督がなにを考えているの分かりませんけど、大きな意味でのホラーであるしテロルの映画であることは間違いないのではないか、と思います。いや、わかんねえけど。
少なくとも鹿とか山の精霊とか、河瀬直美的なことではまるでなく、あくまで人間の営みに関する人間の映画です。
 
…とかなんとか考えましたけどシンプルに面白かったですよね。
 
ミッドポイントに設定された住民説明会は濱口監督のオハコとされる緊迫感あるディスカッション劇のシークエンスで白眉であることは間違いないのですけど、わたしとしては不穏であったり歪であったり「なに目線?」という不思議なショットたちが石橋英子さんの不協和音的な劇伴と合わせて挑発的なカットの連なりとして提示される、その純映画の様相にびんびんでしたね。
 
巧と花が会話しながら雑木林の中を歩く長い横移動のショットなんかはもうたまらんものがありました。
(もしかしたら当初はタイトルいれる用のショットだったのかもと思いました。「キッズリターン」ぽい感じで)
 
このあたりのショット×音楽×カットの映画的な面白さは正直なところ、商業映画の要素が強かった「寝ても覚めても」「ドライブ・マイ・カー」ではあまり顕著ではなかったので、ファンとしてはありがたい限り。
本作においては、シナリオや台詞や演技などのテキスト的な要素よりも、映像言語で語られるニュアンスやエモーションの方が多いし大きいと感じましたね。
 
ついでにファンとして申せば映画館で3回観た「ハッピーアワー」の出演者が3名ほど出ていて嬉しかったです。「あら芝居うまくなってる」と思ったり。
唯一知ってる俳優さんが最近AmazonのCM出てる長尾琢磨さんで、軽薄で雑な芸能事務所社長のキャラクターと絵のやつは面白かったです。あの事務所の無神経に散らかっていることよ!
あとあの儲けしか考えてないコンサルの軽薄さが笑えましたことです。
 
その役者さんでいうとまた素人キャスティング(しかも制作スタッフからの登用)で主演を張ることになった大美賀さんですよ。
あの大きめの体躯とイカつい顔つきと接ぎ木のような台詞回し。
ラストのあの〝業〟から想起しちゃいましたけど、観終わった今では巧みさんはたまたまこちら側にいるだけのアントン・シガーだと思いましたね。
だもんで2回目観る時はコーマック・マッカーシー風はまぐっちゃん映画として観ようと思っています笑
ちょっと「不気味なものの肌に触れる」と地下茎でつながっている感じもしましたね。
 
また、ペンションやっているぽい先生が説明会で放つポリティカルな台詞が示すように、悪い方に転がり続ける日本や世界の現実(緊急事態条項とかさ)に対する怒りとか脱力感が巧を媒介として映画に滲み出ていた気がします。
 
その結果のラストの〝業〟ですよ。
あれはどういうことなんでしょうかね、びっくりしたけど、同時に腑に落ちる気もして。
 
巧と花の親子≒半矢の鹿、と読み取れないこともない描写はあるし、対して高橋の着ているダウンジャケットの色はハンターのそれだし、いろいろな形で読解することは可能ですけど、「コレダァ」と明示するとこの映画が小さくつまらないものになっちゃう気がするので、そこはふんわり「!?」のままにしておくのが相応しい態度なのかなと思っております。
ま、わたしの頭の中には鬼形相でチョークスリーパーかましているアントン・シガーがいますが。
 
安易に核心に踏み込ませない絶妙な語り口、シンプルなのに惑わせ混乱させられる映像的視座の心地よさ、それでいて意図的な荒っぽさが習作の感もあり、はまぐっちゃんやるな!とニコニコです。
 
カンヌベルリンヴェネチア米国アカデミーで受賞して黒澤明に並んだ!的な宣伝文句には「だからどうした」と思っていますが、まだまだ底の知れない感じが濱口監督にはあるので、日本の資本もいいけれど理解ある海外資本をバックに自由でエッヂィな映画をどんどんこしらえてほしいです。

ともかくわたしの移住10ヵ年計画を躊躇させてくれてありがとう!
(あのあたりなんだよ)
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