ビンさん

悪は存在しないのビンさんのレビュー・感想・評価

悪は存在しない(2023年製作の映画)
3.0
何かと評判の良い、濱口竜介監督の最新作。
ヴェネツィア国際映画祭で銀獅子賞を受賞したことでも話題になった。

僕はこの方の作品は、『寝ても覚めても』と『ドライブ・マイ・カー』しか観ていないが、いずれも肌に合わなかった。
今回もそうかな、と思いつつ、やっぱりヴェネツィア銀獅子賞、というとちょいと気になるので。

舞台は長野県と思しき集落。
ここに便利屋として暮らす巧(大美賀均)という男あり。
娘の花(西川玲)と二人暮らしで、集落の人々ともいい関係が築けている。
ある日、この集落に東京で芸能事務所を経営している会社が、グランピング施設を建設する話が持ち上がる。
会社から高橋(小坂竜士)と黛(渋谷采郁)の2名の社員が来て説明会が執り行われる。
が、浄化槽の汚水が集落の生活水(湧水)を汚染する危険性、24時間常駐の管理人がいない等、会社側の杜撰な計画を巧を中心とした集落の人々は指摘。
説明会は紛糾するのだった。

冒頭、集落の森を延々映し出すので、全編これで通すのか(笑)と思ったが、さにあらず。
というか、この時点で強烈な睡魔に襲われて、寝落ちしてしまうかも・・・と思ったが、この後の集落の住民と会社側の説明会のシーンが面白くて。
あ、今回は一番しっくりくるかも、と思いきや・・・。

後半は再び集落へ向かう高橋と黛の車中での対話劇も面白くて、この二人も会社の方針として住民を説得しなくちゃいけないのだが、明らかに会社のやり方に抵抗を抱いている。
社長(本作でもっとも悪なのが、この社長だったりする。悪が存在してますよ)からは、便利屋の巧にグランピングの管理人になってもらったらええねん、その方向で押し通せ、と言われてはみたものの、なんなら会社辞めて、自分が管理人になる、と言い放つ高橋だったりする。

はたしてこの問題は解決するのだろうか。

そして、話題になっている驚きのラストを迎えるのだが、それはここでは書けない。あしからず。

結局、自然は大事にせなあかんよ、というメッセージ性のある内容で、先にも書いたようにわかりやすい内容になっているな、と思ったが、あのラスト。

ネット上でもいろいろ解釈が飛び交っているが、あれはもうリピーター増やすためのことなのかな、と僕は思う。
それこそ納得いく解決策を描くならば、池井戸潤作品的な書き込みも必要だろう。
それを2時間足らずの上映時間に収めるには、ああいう形で一旦「投げて」しまわねば収拾つかなかったんじゃないだろうか。
それを思うと、一番の悪は監督やないかい(笑)、って。

ただ、あのラストシークエンスについても、僕なりの解釈もあって、それをここで書くとネタバレにつながっていくんだな。
そういう意味でも危険な映画だよ、これ。
ということで、どないもこないも書かれへんがな、ということでイライラした映画でもある。

そこで、こんな例え話を。

芸術家が集まって映画を作る団体があって、そこにレジャー施設を経営する企業が、シネコン建設の話を持ってくる。

企業はシネコンで映画上映したら、お客さんが殺到して、経済効果も抜群でっせ、と説明。
しかし、芸術家たちは自分たちの作品を、コ◯ンとかハ◯キューとかと一緒にせんといてくれ、とか、いろいろ文句を言う。

シネコンの社長は、そんなことを言うのは最初だけ。
お客が来たら態度も変わるわぃ。
もっぺん説得行って来い、と社員Aを恫喝する。
社員Aは元々映画が好きだが、そのほとんどは映画館ではなくネット配信で観ていた。
あの芸術家たちがシネコン建設に納得しなかったら、自分が支配人になったるわい、とまで言う。

社員Aは芸術家Aが映画を撮っている姿を観て感動。
ちょっと僕にも撮らせてください、とカメラを回すが、その面白さにさらに感動するのだった。
挙げ句にあれだったら僕にも映画撮れますわ、と豪語する。

そんな折、芸術家Aの娘が、隣町のシネコンへプ◯キュ◯を観に行ったことが判明。
しかもそのシネコンは、社員Aの会社のフランチャイズだった。
それを知って、ほれみぃ、うちの娘、汚染されてしもたやないかぃと大激怒。
芸術家Aは社員Aをボコボコにどつき回すのだった。

芸術家の世界は、付け焼き刃程度のドシロウトが入り込むとこやないんやで。
まして、知ったかのような勝手な批評書きやがって、ボケナス‼️

という誰かさんの慟哭が、映画になったと推測する。
ビンさん

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