きらきら武士

人間の境界のきらきら武士のレビュー・感想・評価

人間の境界(2023年製作の映画)
4.0
原題 "Green Border"  (緑の境界)

ポーランドとベラルーシの国境に広がる原生林地帯。文字通り緑の国境。2021年ベラルーシはEUの混乱を狙い、大量の難民を自国に招き入れ同地帯よりポーランドへ送り込んだ。こうした難民は「生きる兵器」「人間兵器」と呼ばれた。ポーランドは国境警備を強化し、難民を国境のベラルーシ側に強制送還する。ベラルーシは彼らを確保し再度越境させる。人間がまるでボールのように両国の間を投げ渡される。地獄。

映画のエピソードはすべて取材により得た実話を基にしている。難民およびポーランド人の複数の当事者の視点から、悲惨で過酷な現実を描き出す。人間が作り出した「境界」の恐ろしさ、そしてその際で噴出する非人間性と人間性。モノクロ映像が冷徹さをいや増している。

ポーランドの巨匠と呼ばれるようになったアグニェシュカ・ホランド監督。作品としては大昔に『秘密の花園』(1993年)だけ観たことがある。F・バーネット原作、児童文学の名作の映画化作品。フランシス・フォード・コッポラ製作総指揮。原作の精神どおり、シンプルに「人間性の再生と回復」を描いた物語でVHSまで買って何度も観た思い入れのある作品だ。そのアグニエシュカ・ホランド監督のお名前を30年振りに拝見して、本作を観ることにした。ただ難民問題を扱った告発系の作品ということで心を引き締めて鑑賞した。

作品は、『秘密の花園』で描かれた「世界の優しさ・美しさ」などは微塵もない、国政政治の大波に抗いようもなく翻弄される人々の戸惑い、恐怖、怒り、悲しみに満ち満ちていた。

映画が終わり、今までこの問題にほとんど関心を払ってこなかった自分を恥じると同時に、あまりに過酷な描写にひ弱な私の心は打ちのめされてペシャンコに潰されてしまった。もう、つらすぎる。悲しすぎる。

そして様々な立場のそこに住む人達のリアルな姿。
国境近くの住民。難民を送還する警備隊。見て見ぬふりをする者、助けの手を差し伸べる者。それぞれのリアルが、スクリーンに映し出される。声高に人道危機ばかりを叫ぶのではなく、ただただ混沌とした現実と翻弄される人々の姿を描いている。身につまされる。

問題解決は容易なことではない。
そして、観る者にも問いを突きつけてくる。
「あなたはこれをどう思うか?」
「このような非道を看過できるのか?」
「あなたは何ができるのか?」
観るにも覚悟がいる映画だ。

映画表現の話。
映画のモノクロ映像は、春に撮影を行ったために芽吹きの緑を消すために行ったものだという。それが冬の森の冷たさ、暗さ、恐ろしさを強調すると同時に、作品に悲劇性と普遍的なトーンを帯びさせるのに成功している。
カメラワークでは、難民家族が森を彷徨い逃げる際の、腰の高さに低く構えた手持ちカメラ映像が不気味で印象的だった。子どもの目の高さでもあるその視点の低さによって、森の中を這いずり回るような感覚が強調されている。暗い森の中でのライティングも相当難しかったのでは。

なお、撮影は政権やその支持者達の妨害を避けて秘密裏に24日間という短期間で突貫で行われたという。上映に際しては当時のポーランド政権は本作を激しく非難し、上映前に「この映画は事実と異なる」という政府作成PR動画を流すことを映画館に命じた。ほとんどの映画館がそれを拒否した。(パンフレット情報)

劇中で、渡り鳥の群れが空を悠々飛んでいくショットが挿入される。また別のシーンでは、難民の子どもたちと彼らを匿った家の子どもたちと一緒にラップの曲で盛り上がる。音楽は国境を越える、だ。また、そのリリックも印象的だ。某歌の「千の風になって あの大きな空を吹き渡る」じゃないが、まさに人は千の「それ」に成ることで一つにもなれるのかもしれない。

ラストは、家に帰った男を静かに映し、人間のあり様を控えめに示して終わる。
人間同士を隔て分かつもの、結びつけるものは一体何なのだろうか。
先日観た『ゴッドランド』ともリンクして深く考えさせられた。

はあ…とりあえず国連UNHCR協会に毎月寄付している金額、増やそ…。それでどうこうなることではないけど、世界の不幸を知ることにこのまま何もしないでは私のひ弱な精神は耐えられそうにない。世界は美しい『秘密の花園』などではなかった。悲しい哉、人間のいる所はほぼ全て戦場なのである。

#2024 #34
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