このレビューはネタバレを含みます
【共作ラップに一縷の望みを託す】
2021年10月、ベラルーシ経由でEU入りを果たそうとするシリア人家族とアフガニスタン女性を描くことから始まります。
1. The Family
2. The Guard
3. The Activists
4. Julia
5. (epilogue)
数年前 ーー ロシアによるウクライナ侵攻前 ーー に、本件が国内で問題視されていると、ポーランド系の友人から聞いていました。拾った難民をベラルーシとの国境沿いまでトラックで運び、放置して野垂れ死にさせていると。更に「白(く見える)人は例外なんだ(助けているんだ)」と聞いて愕然としました。一瞥した外見だけで、救うか殺すか決めているのか？にわかには信じがたいことでしたが、その時はまだ、日本語の報道は見つかりませんでした。本作で破り捨てられたパスポートを見て、Juliaを詰問する警官の態度を見て、ウクライナ難民を積極的に受け入れる体制を見て、彼女の言っていたことがよく理解できました。
海外批評家のレビューはどれも似通った内容で、有名紙ほど歯切れが悪いように感じます。それを批判する資格は自分にはありません。政治背景にお詳しい方々のレビューが参考になります。ありがとうございます。
難民、国境警備隊、活動家への取材を含め、綿密な調査を元に脚本を書いただけあり、まるでドキュメンタリーのようなフィクションでした。
観客の殆どは亡命など未経験ですので、難民の視点を最初に持ってくるのは当然でしょう。中には、比較的裕福と見られ、教養の高い難民もいました。
その後警備隊や、活動家・精神科医の置かれた立場を通して、”green border” 周辺の状況が描かれます。
建築中の新居を汚されても平気でいられるか？危険な目に遭ってでも助けたいか？
自尊心維持目的の支援活動は、本気度が低いからダメだという視点がありました。確かに、長期的には頓挫するかも知れませんが、始めるきっかけにはなります。自己満足・自己陶酔すら否定したら、自己犠牲の精神で成立している社会や組織ほど、失職希望者で溢れてしまうでしょう。
脱水と低体温症で震えていた少年が、高級ホテル並みの待遇を受けた後に、出された食事を見て、これはハラルフードかと尋ねる。それを聞いた娘は、可能な範囲で配慮し準備したであろう母親には伝えることなく取り繕っていました。つい先程まで死にかけていた難民なんだから、つべこべ言わずに食えとか、感謝するべきだとか、非難はできない。彼には知る権利も、食べない権利もある。
人が求める満足や幸せは果てしなく、他人を「助ける」ことは簡単なようで、とても大変で難しいです。継続するなら尚更です。だからこそ、動機が自分のためという(単発で終わりがちな)救助活動まで否定してはいけないと思うのです。
断じて、嘲笑しながら苦しむ人を助けろと言う残酷な意味ではありません。ただ仕事でも趣味でも、人間は「楽しめる」要素がなければ続かない生き物です。義務感だけではいずれ苦しくなります。同僚と違って迫害を楽しめないからJanはストレスmaxになるのだし、カーチェイスのスリルを楽しめるくらい度胸がないと過激な活動はできない。異国の友人を増やしてラップを楽しむなんて最高だし、目に見えた善行を治療の一環にするのも素晴らしいアイデアです。けれど、あの蔵匿生活をいつまで続けられるかは、緊張気味の母親にかかっていそうだなと思いました。
Dudaポーランド大統領がWWIIレジスタンスのスローガン “only pigs sit in the cinema” を掲げ、本作のボイコットを訴えましたが、 監視の目を掻い潜って難民を助ける活動家達のほうが、よほどレジスタンスに見えました。
”Green border”の現実を知った今、「あなたならどうしますか」と問われている気分でした。それは、権力を持たない一般市民も、難民と同じく、この戦争においては無力であるという、もう一つの現実を浮かび上がらせ、観客の胸を突き刺します。心の底を抉られて涙が出ました。
David Mouriquand. Euronews Culture's Film of the Week: 'Zielona Granica' ('Green Border'). euronews. Feb 2, 2024.
Damon Wise. ‘Green Border’ Review: Agnieszka Holland’s Humanitarian Masterpiece Offers A Harrowing Vision Of The Refugee Crisis In Europe – Venice Film Festival. Deadline. Sep 5, 2023. 他参照。
