ボブおじさん

コンクリート・ユートピアのボブおじさんのレビュー・感想・評価

コンクリート・ユートピア(2021年製作の映画)
3.8
世界を襲った未曾有の大災害により一瞬で廃墟と化したソウル。唯一崩壊を免れたマンションを舞台に住民により築かれる〝虚構のユートピア〟。自分と家族を守るため、生存者たちの命懸けの争いが始まる‼︎

奇跡的に倒壊を免れたマンションは、生存者たちで溢れかえっていた。無法地帯となったいま、マンション内でも不法侵入や殺傷、放火が発生。

情報も食料も途絶える非常事態の中、危機を感じた住民たちは、頼れるリーダーを求め住民の中でも存在感の薄かったヨンタクを理想のリーダーへと押し上げる。徐々に住人たちの信頼を得て行ったヨンタクは、住民のためのルールを作って〝自分たちのユートピア〟を築き上げようとするのだが…。

ひょんな事からマンションの住民代表となってしまった職業不明の冴えない男ヨンタクをイ・ビョンホンが、そんなヨンタクに徐々に傾倒していく誠実な公務員ミョンファをパク・ソジュンという韓国が誇る新旧トップスターが演じる。

徐々に減っていく水や食料を守るため、マンションの住民は〝入居者以外を敷地内から追い出すかどうか〟を多数決で決めようとする。もしもあなたがこのマンションの住民だったら、一体どちらに投票するだろうか?

平常時には法や道徳で守られていた〝秩序や良心〟が、いかに危ういバランスの上に成り立っているかが露呈する。

最初は控えめだったのに、権力者として君臨したことで次第に狂気を露わにするヨンタクをイ・ビョンホンが好演。そのヨンタクに扇動され極限の状況下で揺れ動くマンション住民の群衆心理。彼の支配が頂点に達したとき、思いもよらない争いが勃発する。

災害後のディストピアを描いた映画であると同時に、マンションの外では生き残りを掛けたサバイバル映画にもなっている。一方、マンションの中では限られた空間でのシチュエーションスリラーの要素も含んでいる。恐ろしいのは自然の力か、それとも人間の心か⁈

大きな地震の直後だけに、全ての人にはお薦め出来ないが、基本的にディザスター映画・パニック映画は、気になったら劇場鑑賞をお勧めしている。この映画も配信で見るのと大きなスクリーン・音響で見るのとでは緊迫感がまるで違うだろう。

ただし映画の出来としては、主役2人の背景の描き方が物足りない為、感情移入しきれないところがある。また、途中退場と途中参加してくる2人の人物のサイドストーリーにも厚みがない。前宣伝の〝「パラサイト 半地下の家族」に続く傑作〟は、さすがに言い過ぎ😅。パニック映画としても個人的には昨年の「非情宣言」の方がハラハラできた。

決して傑作ではないと思うが、それでも災害後の世界観の構築や撮影セットの作り込みは、よく出来ている。気持ち的に見ることができる状態であるならば、やはり劇場での鑑賞をお勧めしたい。



ネタバレの〈余談ですが〉


ここから先は、ネタバレを含む余談となりますので、まだご覧になっていない方は、ご注意下さい。

「コンクリート・ユートピア」とは、随分皮肉めいたタイトルだと思っていたが、この映画の登場人物の中に少なくとも1人は、このディストピアを〝ユートピア〟と感じた人物がいる。

他ならぬ主人公の1人ヨンタクだ。彼は意図せずとも殺人を犯してしまった。過失致死かもしれないが、不法侵入の上、死体遺棄及び母親の拉致監禁は、間違いなく重罪だ。

あのままの世界であれば、彼は刑務所の中か、一生逃亡生活を送ったであろう。ところが偶然起きた大災害で彼の犯した罪はウヤムヤになってしまう。彼の犯罪を捜査する警察も裁きを与える裁判所も存在しない世界は、彼にとって正に〝ユートピア〟だったのかもしれない😅

本来であれば、罰を受けるか人目を避けてひっそりと逃げ隠れしなければならない彼が、人から頼られ尊敬される立場に逆転する。

非情事態に便乗して、〝何をやっても上手くいかなかった過去〟に別れを告げて、彼は嬉々として生まれ変わる。死んだ魚の目をした男が、見る見る生気みなぎる男に変身する。その変わりぶりが恐ろしい。

彼があのマンションを命懸けで守ろうとしていたのは、決して住民たちのためではない。そこは、彼にとって唯一安全で安心して暮らせる〝理想郷〟だったからだ。

後戻りできない男の唯一の居場所。それがあの「コンクリート・ユートピア」だ。