鶏

アイアンクローの鶏のレビュー・感想・評価

アイアンクロー(2023年製作の映画)
4.4
『オールドファンは必見、そうでない人も観るべし!』

1980年代に日米のリングで活躍したエリック一家のお話でした。当時プロレスを熱心に観ていた私のようなオールドファンが楽しめるのは勿論のこと、親子、兄弟、家族の物語として、万人の鑑賞に堪えられる物語だったと思います。

まずはプロレスファン的に観ると、エリック兄弟だけでなく、ハリー・レイスやブルーザー・ブロディ、リック・フレアーなど、日本のリングでもお馴染みの往年のスター選手たちが極めて高い再現度で登場し、さらには姿かたちだけでなく、リング上の動きも非常に良く再現されていて、感涙物でした。特にブロディファンだった私としては、不慮の事件で亡くなってしまった彼の若き日の姿を、俳優が演じる再現VTRとは言え再度観ることが出来たのは大満足でした。また、来日した時はなんでこんなオッサンがNWAやAWAという主要団体のチャンピオンやねんと思っていたハリー・レイス(実はアメリカマット界でも随一のタフガイであるというという話は、後々聞いた)が、これまた非常に精度の高い姿で登場し、興奮してしまいました。残念ながらリック・フレアーの見た目の再現度は、ブロディやレイスと比べるとちょっと劣るかなと思ったものの、本作の主人公ケビンに反則負けとなった後にケビンの控室を訪れ、「見直したぜ」的なセリフを放ったシーンのふてぶてしさは、実にフレアーらしいもので、かなり良かったと思います。
肝心のエリック一家のことに触れていませんでしたが、来日した当時のファイトや、確か東京12チャンネルでやっていた「世界のプロレス」で放映していたファイトも何度か観ましたが、兄弟で華々しく登場する入場シーンや、伝家の宝刀”アイアンクロー”をかます時の大見得くらいが記憶に残るくらいで、正直あまり評価が高いレスラーではありませんでした。その理由は、入場時の派手さに反して、試合中は攻め込まれるシーンが多く、タッグマッチなどでは三男のデビッドこそその長身を活かして敵を圧倒する感じでしたが、次男のケビンや四男のケリーが出て来ると一転不利な状況に陥ってしまうギャップが、何とも頼りなげだったことに要因があったような印象があります。
また、ケビンがリングシューズを履かずに裸足でリングに上がっていたことも、頼りなさに拍車を掛けていたように思います。ケビンのほかにも、ブロディの相棒だった”スーパーフライ”ジミー・スヌーカや、日本ではサンダー杉山などが裸足でリングに上がっていました。スヌーカに関しては、野人っぽい風貌で独特の雰囲気があるレスラーだったので裸足がマッチしていましたが(サンダー杉山は現役時代のファイトを見ていないのでよく分かりません)、ケビンはプロレス界的には良家の嫡男であり、何故何となく貧相に見える裸足姿でリングに上がっているのか、当時から不思議に思っていました。父親のフリッツ・フォン・エリックが裸足でリングに上がっていたなら分かるのですが、そうでもなかったので非常に疑問でしたが、この疑問は本作でも解決されませんでした。
ただこうした個人的なレスラーとしてのエリック一家の評価は脇に置いて、本作に登場するケビンの再現度は純度100%と言って良く、あの身体つきや動きは、インディー団体なら直ぐにトップが取れるのではないかと思わせてくれました。
あと、レスラーそのものの話ではないのですが、ファイト中のカメラワークには、ちょっと首を傾げました。一般的なプロレス中継のカメラはリング外に置かれているのに対して、映画である本作は、リング内、しかも恐らくは演者の頭にカメラを装着してファイトシーンを撮影している場面がありました。慣れていないせいがあるのかも知れませんが、ゆらゆら揺らぎ過ぎの上、どんな技が掛けられているのかよく分からないため、このカメラワークはイマイチだったかなと感じました。
ただ総合的に観れば、プロレスの舞台裏も含めて余すところなく伝えていたように感じられ、プロレスファン目線で観た場合、本作は非常に満足度の高い作品でした。

一方で家族の物語として観ると、いわゆる”毒親”物語であり、非常に気の重いお話でした。現役当時”鉄の爪”として日本でも怖れられた父親のフリッツ・フォン・エリックは、自分が実現できなかった夢を叶えるために息子たちを利用。星一徹的な根性論だけなら、不適切な昭和世代である私などはまだ理解できるものの、儲かる儲からないという銭勘定の話を親子関係に持ち込むフリッツ・フォン・エリックは、流石に受け入れがたいものがありました。現役時代の彼のファイトは写真でしか知りませんが、そのレスラーとしての怖ろしいまでの迫力に敬意しか持っていませんでした。ところが多少の誇張があったとしても、ここまで銭ゲバの人だったとは、ちょっと複雑な思いになりました。
そして何よりも悲しかったのは、こんな父親に命令されると”Yes Sir”と返事してその期待に応えようとする兄弟たちの姿。こんなサイドストーリーを知っていれば、当時の彼らのファイトの見方も全然変わったものになっていただろうと思ったものの、悲しき私生活を見せてはレスラーの名折れなので、知らなくて良かったのかも知れません。
いずれにしても、息子たちが日々の戦いで肉体的に死ぬかも知れないというほどに追い込まれ、さらにはそれをカバーするために痛み止めや違法薬物にも手を出すに至り、実際不幸が連続したにもかかわらずそのスタンスを変えなかった父親フリッツには、怒りというか絶望を感じてしまいました。勿論そんな父親の命に従って戦ってきた兄弟たちには、哀切の情しか持ち得ませんでした。

そんな訳で、本作の評価は★4.4とします。
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