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Saltburnのnoteのネタバレレビュー・内容・結末

Saltburn(2023年製作の映画)
3.9

このレビューはネタバレを含みます

オックスフォード大学の新入生オリヴァーは学内で自分の居場所を見つられずに苦労していた。そんな彼の前に、貴族のような暮らしを送る裕福な学生フェリックスが現れる。オリバーはフェリックスの一家が所有する広大な土地、ソルトバーンに招待され、そこで忘れられない夏を過ごすことになる。

長編監督デビュー作「プロミシング・ヤング・ウーマン」でアカデミー賞の脚本賞を受賞し、一躍注目を集めたエメラルド・フェネル監督の第2作…の前情報のみで鑑賞。
いやはや、これは気持ち悪い。
特権階級に生きる人々を侵食するドス黒い欲望を描いた作品。
前作同様、ヒネリが効いた怪作である。

主人公の新入生オリヴァーは見た目は地味で暗く、スクール・カーストの下層に位置するような若者。
華やかな大学に馴染めぬオリヴァーは一際青春を謳歌するフィリックスに惹かれるも、声をかけられずにいたが、彼の自転車がパンクしたのを助けたことをきっかけに親しくなってゆく。
序盤は憧れの王子様に出会ったかのようなロマンチックなBLのような演出だ。

複雑で貧困な家庭に育ったオリヴァーを憐れんだフィリックスは、ソルトバーンの豪邸で夏休みを過ごすことを提案。
豪華な邸宅と調度品を適当に流しながらオリヴァーに紹介するフィリックスが「こんなの大した事ない」とでも言いたげで、とても嫌味である。
しかし、富裕層に嫉妬と憧れを抱くオリヴァーと、貧困層に興味があるフィリックスの2人の関係は肉体関係にまで急速に発展。
フィリックスの家族にも取り入って行く。

だが滞在中、オリヴァーは自分の出自を偽っていたことが発覚。
子綺麗な家に両親は健在、オリヴァーは一般的な中流家庭だの生まれだった。
嘘をついたオリヴァーはフィリックスに拒絶される。

しかし、物語は単に失恋で終わらない。
フィリックスはオリヴァーの誕生日パーティーの翌朝、迷路の中で遺体で発見される。死因は薬物の過剰摂取だ。
パーティーの最中で証拠こそ出ないもののオリヴァーの仕業であることは明白。
オリヴァーが悪魔のように鹿の角をつけて仮装した演出が効いている。
その後、ショックのあまり妹のヴェニシアも浴槽で自殺。
裕福な家庭はあっけなく崩壊、オリヴァーは疫病神として屋敷を追い出される。

富裕層の寵愛欲しさに、過剰にやりすぎて、天罰が下ったかに見えるが、まだ物語は続いていく。
そこにはどんでん返しのサプライズが待っていた。
実は、冒頭の自転車のパンクから一連の事件がほぼ全てがオリヴァーの計画的策略だと回想シーンで判明していく。

やがて、夫ジェームズを失って独りとなったフィリックスの母エルスペスに再会。
オリヴァーを友人を失った不幸な青年と思っている彼女の心につけ入り、(恐らくオリヴァーのせいで病に伏した)彼女の人工呼吸器を外して、まんまと財産と屋敷を相続し、自分のものにしてしまう。

ラストで明らかになるのは、オリヴァーの計画の最終目標は、フィリックスの家の資産だったということ。

しかし、本当にオリヴァーはフィリックスを利用しただけなのか、本音では何よりも彼の愛を欲していたのではないのか…?という疑問は残る。
フィリックスの風呂の残り湯を飲み、彼の死後、全裸になって彼の墓の土に性器を入れる自慰行為をするという強烈に倒錯した愛情表現もあるのだ。

どの時期までフィリックスの愛が欲しくて、どの時期から富裕層への嫉妬と渇望に変わったのか?
はたまた最初から資産欲しさの行動だったのか…?
その真意は彼の心の中だけに隠されている。

女流監督エメラルド・フェネル監督による棘のある風刺が実に挑発的。
富裕層は無自覚にも貧困層への差別と嫌味に溢れている。
フィリックスの家族が友人だと言う人間を顎で使うところ、誕生日の主役オリヴァーの名前を覚えてないところは言うに及ばず、金に飽かせて遊び尽くしてなお退屈だという退廃的な生活、倒錯した性の嗜好など、それらは否応無く滲み出ている。
富裕層、特権階級の人間を小馬鹿にしているのだ。

最初はその退廃的生活を嗜める貧困層オリヴァーの方が、よほどマトモな人間に映る。
しかし、時折オリヴァーから発せられる強烈な毒気が不穏な空気を醸し出す。
印象的なカットや意外性のある展開で飽きさせない。
貧困層の妬みが勝利し、最後には全てを支配するのだ。
最後に我が物となった屋敷を全裸で駆け回り、踊り狂うオリヴァーの姿は貧しい労働者階級の勝利を宣言すると同時に、彼の中のドス黒い欲望を解放している。
爽快感と同時に、吐きそうなほど気持ち悪い悪の勝利を示すエンディングだ。

一見甘いラブストーリーでコーティングされながらも、内実はダークな毒気が渦巻くピカレスク物語。

「太陽がいっぱい」に似た富裕層への憧れと愛憎。
「パラサイト半地下の家族」に似た貧困層の富裕層への侵食ぶり。
「聖なる鹿殺し」や「女王陛下のお気に入り」に似た、相手の全てを奪い、完膚なきまでに叩き潰す悪意。
それらが見事にミックスされている。
難点は誰にも共感も同情もできないこととと、倒錯した愛情表現が気持ち悪いこと。
いずれにせよ、格差社会に侵食する悪意をハッキリと描いた怪作である。

現実に解決しそうにない格差社会問題は、もはや旬を過ぎた題材になりつつあるが、配信のみとは勿体無い。
劇場公開すべきである。
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