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Ryuichi Sakamoto | Opusの708のレビュー・感想・評価

Ryuichi Sakamoto | Opus(2023年製作の映画)
5.0
劇場にてDolby Atmosで観ました。これは絶対いい音響で観たほうがいいです。

坂本龍一の最後のソロピアノ演奏の記録。コンサート映画とか映像ライヴというよりも、クローズドな記録という感じです。限りなくドキュメンタリーに近い。教授の息子さんの空音央が監督を務めているからこそ、ああいうプライヴェートな空気感になったのでしょう。そこがよかったです。

「日本で一番音のいいスタジオ」と教授が言うNHK509スタジオにて、2022年9月、8日間で収録したそうで、YMOの楽曲から映画音楽、ソロの曲まで全20曲、教授の音楽の軌跡を追ったかのような選曲です。

モノクロ。光と影のコントラスト。一音一音を丁寧に味わうかのような教授。ポップな打ち込みや壮大なオーケストラを纏ったサウンドを素の状態や原型に戻して、空へと還していくプロセスを踏んでいるかのよう。教授の息使いや座席にまで響く地鳴りのようなペダル音までも、演奏の一部でした。そして曲が終わり、鍵盤から指先がゆっくりと離れていくまでが演奏なんだと実感しました。

「美貌の青空」では、徐々に不協和音の森へとどんどん迷い込んでいくかのようで、何度か弾き直しつつ、いったいどうなるのかと思いました。演奏を終えてから「もう一回」と教授は呟くのですが、あえてアウトテイクを本テイクとして使ったのでしょう。ミスタッチですら味わい深いです。

この世から肉体が消えたとしても、音楽は残り続けていく…というメッセージを感じさせるラストの ”仕掛け” は、生と死には境目がないように思えました。だからこれからも、教授の音楽が流れれば、いつだってそこに教授の存在が息づくのだと思います。

一番最後に出てきた言葉 Ars longa, vita brevis. というのはラテン語で「技術は長く、人生は短い」という意味だそう。「芸術は一生かけても習得するのが難しい」と坂本龍一クラスの人が言うのは、なかなか深くて重みがあります。
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