寝木裕和

ロイ・ハーグローヴ 人生最期の音楽の旅の寝木裕和のレビュー・感想・評価

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かのマイルス・デイビスは、事あるごとに言っていた。
「とにかく、ヒップであるべきだ。」

希代の天才トランペッター、ロイ・ハーグローヴの最期の一年間のツアーの模様を追ったこのドキュメンタリー作品を観て、ヒップとはなにか!?… ということの片鱗を見せつけられたような気がする。

お洒落で、ユーモアに富んでいて、そして音楽に対してとんでもない情熱で没頭する。
ジャム・セッションは朝まで続く。
後進の若手ミュージシャンに音楽的な導きを示すことに時間も労力も惜しまない。

惜しくも49歳という若さで早世してしまったが、その中身はエナジーに満ちていて究極的に濃厚な人生を駆け抜けていったのだ。

遠征先のライブ会場のすぐ横にあるアイスクリーム屋さんでアイスを買って、彼はこう言う。

「ここのアイスは良いバイブスに満ちているから、美味いんだ。
それはライブハウスの真横にあって、周りにも沢山のミュージシャンに囲まれているから。
音楽の良いバイブスが、食べ物には影響与えるんだ。」

真実かどうかなんてどうでもいい。
そんなふうに感じられる心が、美しいとさえ思う。

不意に入った靴屋さんで見つけて大層気に入ったスニーカーを、おねだりしてエリアン・アンリ監督に買ってもらう時も、まるで子どものように大はしゃぎして喜ぶ。
美しいまでの純粋さを持ち続けていた彼だからこそ、どんな人の心にも響くあのトランペットの極上のトーンが出せたのだ。

純粋な人ほど、生きにくい世の中。
彼もまた然り,で。つまりは闘い続けた生涯だったのだろう。
自己と。世間と。運命とやらと。

ロイのマネージャーはかなり狡猾で悪徳だったらしく(最後の字幕でのみ表される言葉に怒りが沸いた)、それでも唯一人、ロイ自身だけがそんなマネージャーを庇っている姿にかなり切ない気持ちになったが、それとて、彼が純粋すぎるということの証だとも感じた。
寝木裕和

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