故ラチェットスタンク

傷物語-こよみヴァンプ-の故ラチェットスタンクのレビュー・感想・評価

傷物語-こよみヴァンプ-(2024年製作の映画)
4.4
『欲動(リビドー)』

 シュールでグロテスクで官能的な空気を堪能するにはやはりこれ以上ない奇譚だ。仰々しいグルーヴの美学。とにかく建築物と諸々のオブジェクトが映えまくっている。人気のない寂れた空間の美しさと禍々しさ。高揚と悪寒。アバン〜キスショット発見までのシーケンスはパーフェクト。劇場で再見すると心臓を鷲掴みにされるほどの怪奇場面だった。平衡感覚の喪失と自律神経の麻痺。足がすくむ、血の気が引く。

 時制が常に乱れ、ギャグ絵や写実に移り変わり、ミスマッチな効果音が挟まり、あるいは上空からの中継が映される。その多くが突拍子なく無機的に演出され、世界と個人の中間項を打ち崩し、セカイへと落としていく。偽善と欺瞞の物語にはその語り口が相応しい。お話はため息が出るほどのつまらなさであざとい、かったるい、まどろっこしいの三重苦だが語り口とグルーヴでカバー。キャラクターは片手で数えられる数でモブも一切出て来ない「人気のなさ」は批判しうるが、「閉じた個人間の閉じた話」なのでそれほど問題には感じなかった。怪奇モノとしてもその立て付けの方が具合良い。

 羽川周りはかなりオミットされていてやや解説の役回りのみ強いられている感じはある。(それはそれとして「おねだりプレイ」のくだりを全カットしたのは普通に英断だと思うが。)その辺の総集編あるあるは感じつつその他は普通に一本の映画として観ても遜色ないと思った。にしてもキスショットのガッチリとした肩周りの形が美しい。ああ言う造形に目がない。私立高校とか工場とか廃墟塾とか地下鉄の駅とか背景美術の全てがインダストリアルで格好良かった。海をバックに喋るシーンとかも倦怠と郷愁が合わさってしみじみと良い。最高オブ最高。