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アメリカン・フィクションのnoteのネタバレレビュー・内容・結末

アメリカン・フィクション(2023年製作の映画)
3.8

このレビューはネタバレを含みます

大学で教えながら真面目に文学を追求している黒人の小説家モンクが、お金のために正体を隠して「貧しく学もなく、麻薬と犯罪の中で刹那的に生きるラップ好きな黒人」というステレオタイプな黒人に扮して「オレの自叙伝」的な小説を書いてみたら大ヒットしてしまうのだが…。

恐らく、我々「日本人」も海外ではステレオタイプにハメられているのだろう…と変換して見ると、偏見というものが如何に人間の中身を無視しているかが良く分かる。
偏見に満ちた黒人の扱われ方を皮肉たっぷりに描いたブラック・コメディの秀作である。

高尚そうな文学作品を書いてるものの、本は売れていない小説家モンクは、白人が喜ぶような売れやすい「ステレオタイプな貧困黒人小説」の企画を拒絶している。

だが、頭が良いだけにモンクは周りの人間を馬鹿だと見下す悪い癖がある。
正直、嫌なヤツでお友達にはなりたくないタイプだ。
教えている学生に暴言を吐いて、停職処分となったモンクは、疎縁となっていた実家のある地元に戻る。

そんな頭でっかちな男が、妹を突然の病で亡くし、実家でアルツハイマーを発症した母を支えなければいけなくなるから、さぁ大変。
そもそも医者の家系に生まれ、インテリなモンクはステレオタイプな「学がなく貧困な黒人」ではないのだが、生活にも介護にも金が掛かる。
しかし、ろくな収入が無い。
象牙の塔から叩き出されたモンクはそれまで小馬鹿にしていた俗世にまみれて生計を立てていくことになる。
今までの罰が当たる姿に「ザマァみろ」とも思うが、身内の不幸や介護は他人事ではないので少々可哀想に思えてくる。

前半はドミノ倒しの不幸に右往左往するモンクに笑う。
後半は彼が書いた小説が巻き起こす騒動に右往左往する姿がおかしい。

人の心を揺さぶるような芸術的な文学小説ではなく、エンタメな娯楽作品を毛嫌いしていたモンクだが、金になるなら仕方ないと半ば自暴自棄になって「ステレオタイプな貧困黒人小説」を別名で書いたら、「これぞ黒人の生の声だ」と、出版社は大喜び。

もちろん自分の理想とする内容ではないためモンクは出版を嫌がるが、母の介護施設の費用のために大金が必要だ。
本を売ろうとするエージェントが、業界の経済をウイスキーに例えてモンクに説得をはかるシーンが秀逸。
大衆の求めるエンタメの需要と供給が実に良く分かる。

「ジョニーウォーカーの赤は24ドル。黒50ドル。青は160ドル。どれも製造会社は同じだ。赤と黒はイマイチだが青はうまい。だが青は高価で手が出ない。結局は酔えればいいんだ。
これまでの君の本は青だった。上質で複雑な味わいなのだが、売れるのは気軽に楽しめる赤だ。」

これまでの高尚な作品とちがって、指名手配中の貧しい黒人による半自叙伝として売り出したモンクの本は「リアルな社会派」として白人に大ウケしてベストセラーに。

エージェントが言うとおり、真実ではないが、「黒人はこうでなくては」と分かりやすいステレオタイプにハメたがる大衆(白人層)の需要に適っていたのだ。

後半は自分が書いたと言うのは恥ずかしいため、「逃亡中だから」と顔を隠してマスコミの質問に答えていくモンク。
自分の嫌いな「貧しく学のない黒人」のフリをしなければならないモンクの姿がクスクスと笑える。

とりわけ文学賞の選考委員会のシーンの馬鹿馬鹿しさといったらない。
「今こそ黒人の声に耳を傾けるべきだ!」などと、高らかにお題目を唱えるのは白人層の審査員。
審査の場は白人層が多く、結局はマーケットも賞レースも多数派の白人に操作されているのだという皮肉が効いている。

テキトーに書いたにもかかわらず、白人審査員たちが舞い上がり、文学賞をとってしまうのだから、モンクの腕は大したものなのだろう。

ラストは、授賞式で「実は自分が書いた」とネタバラシして、あんたら(会場にいるほとんどが白人)こんなステレオタイプの作品が好きなのか?ホントに低俗だな、と毒舌をぶちまけるのか?と思いきや、そこは飛び越して映画化の現場にひとっ飛び。

もう、この映画自体がメタフィクション化している。
映画化の現場においても、白人の監督に授賞式の顛末を白人の好きなように書き換えられる。
アイデアを絞り出すモンクの姿で映画は終わる。

本作は基本的に主人公の成長譚である。
ご高説を振りまいていた男が、クリエイティブ職の現実を受け容れたのだ。

もちろん、芸術という自分の魂を市場と金という悪魔に売ってしまった結果なのでモンクにとってはビターな結末ではある。
しかし、モンクの母親や恋人、エージェントなど周囲の人にとっては生活の糧ができてハッピーエンドだ。

風刺として見ると、アメリカのエンタメ業界は「白人に売れる黒人の物語」商売に寄ったままであるのが、まさに「ブラック」である。
商業的成果を見込まなくてはいけないのが現実なのだ。

映画自体は「お話」として大変面白い。
アカデミー脚色賞も納得である。
初の長編監督兼脚本のコード・ジェファーソンには大変な才能を感じる。
ブラックコメディなのだから、もっとコメディに振って良かったのではないか?と思う。
劇中、モンクの母親のアルツハイマー病の現実の辛さや、ゲイのモンクの兄の話が出てきて、「もっと個人の人間性を見つめましょう」といったヒューマンドラマがどうも盛り込みすぎといった印象は否めない。
「バズる企画じゃないと通らない」現実に、モンクが右往左往するコメディが単純に一番面白いのだ。
ジョーダン・ピール監督がホラーと差別を巧みに混ぜている作風が受けているが、この監督にはコメディと差別を軽やかに混ぜてくれることを今後も期待したい。
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