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アメリカン・フィクションのmplaceのレビュー・感想・評価

アメリカン・フィクション(2023年製作の映画)
4.7
アファーマティブアクション(積極的格差是正措置)や多様性という言葉が盛んに取り上げられるようになって久しい。これは男女や人種間における差別によって生まれる雇用機会などの不平等や不利益を是正する為に、マイノリティとされている立場の人達を積極的に起用していこうという試みである。

この映画でも文学賞の審査員として多様性を尊重する為に黒人作家であるモンクとシンタラが他の3名の白人作家と共に起用されている。しかしこれは実際には白人達が表向きに自分達がレイシストではないリベラルである事をアピールする為の頭数合わせでしかなかった。その証拠に審査結果は白人作家達の思い通りにされてしまう。しかも受賞作品として選ばれたのはモンクが素性を隠して冗談として書いた、白人が潜在的に求めている黒人のステレオタイプが目一杯詰め込まれた「クソ小説」だった訳である。
審査員の黒人2名が揃って、黒人が書いたステレオタイプ的な黒人の物語の評価に大きな疑問を呈しているにも関わらず、白人達が「黒人の声に耳を傾けるべき」と主張することの愚かさと滑稽さをここで巧妙に露呈させている。

これはブラック・ライブズ・マターの運動が大きく取り上げられた時に私が感じた疑問を思い起こさせた。ジョージ・フロイドの殺害事件をきっかけにBLMのデモが各地で行われ、私が住んでいるベルリンでも何万人という人達がデモに集まった。そしてその多くは白人であったと記憶している。

勿論彼らの多くはそうすることが正義であると信じての行動であっただろう。私もそれが正義であると信じて疑わなかったし、それ自体が悪いとも今も思わない。ただ、あのBLM運動に参加した人達のうちのどれだけが今もなお黒人差別問題の深刻さについて考えているだろうかと思うのである。これは勿論自戒の意味も込めている。このようなデモやアクションに参加することで「自分はリベラルである」と他人にアピールし、自己満足しただけではなかっただろうかと。

米国で奴隷解放記念日とされている6月19日はJunetennthとして様々な記念イベントが催されるそうである。フロイドの事件があった2020年、その年の6月19日は色々な企業や有名人が「この日の売り上げは全て黒人差別是正に取り組んでいる団体に寄付をします」との謳い文句の元にチャリティを行っていた。しかしその後そのうちのどれだけがその活動を続けただろうか?と私は思ってしまう。
結果的にはその時の社会トレンドに便乗し、白人というだけで差別者扱いされてしまいやすい立場である自分達白人の為の免罪符として利用しただけではなかっただろうかと思うのである。

つまりこのようなポリティカル・コレクトネス、差別是正運動そのものが白人の言い訳とご都合主義に利用され、結局その根底にある差別意識そのものは全くなくなっていないという現実がこの映画ではコミカルに描かれている。あえて白人を極端に愚かに見せる演出にすることで、この「多様性」を強調することで生じる矛盾と不条理をコメディとして分かりやすく表現されており、数々の映画祭での脚本・脚色賞の受賞とノミネートは至極妥当だと思わされると共に、皮肉だとも思う。

また、上記のような人種差別とは別に、自身の小説がベストセラーになることが決して小説家としての成功を意味しないという面にも光を当てているところも好印象であった。芸術家の苦しみが繊細に表されている。100万人に等しく受け入れられる作品よりもほんの100人に長く強く愛される作品の方に価値を見出す人もいるだろう。自分も出来るだけそのような作品に注意を払いたいと思うのである。多様性を尊重する意義はそのような意識によっても具現化されるのではないかと思う。
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