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異人たちのshoのレビュー・感想・評価

異人たち(2023年製作の映画)
4.5
大傑作だった。
ファンタジックな描写があるが、ファンタジー映画というよりは観念的・内的自己対話の物語だと思う。
他者不在のまま、主人公の頭の中で起こる“独り相撲”的思考を映像化した作品。
とてもよかった。

また、クローゼットゲイの孤独、陰鬱感が見事に表現されている。両親との和解や親密な他者との出会いを通して、外の世界に足を踏み出し精神的成長を果たすと思いきや…。辛い客観的現実を背景に、幻想的な主観視点が光溢れる美しい映像で表現されている。とても素晴らしい。

主人公の主観的物語としては、
①両親との和解。愛される自己の獲得。
②両親の死の受容。精神的自立。
③他者を愛する側への転換。
だと思う。

両親へのカミングアウトは、(するかしないかも含めて)ほぼ全てのゲイが一度は直面するライフイベントだと思う。内的世界での出来事とはいえ、母に、そして父にカミングアウトすることで親子の関係性をやり直し、ゲイとしての人生を生き直そうとする。(①)
両親からの受容を得た主人公は、クィアな自己を受容し、彼と一緒に外の世界(クィア界隈)へ飛び出すことができる。また、両親の死を受け入れることで、幼少期から刻まれた孤独感を克服し、精神的自立を果たそうとする。(②)
精神的に自立して初めて、主人公は「他者から愛される者」から「他者を愛する者」になることができる。それまで受け身的であった主人公の言動が、ラストは自分から他者を抱きしめ愛を囁く存在になる。(③)

しかし、これらは全て主人公の“独り相撲”であることが明らかになる。相手となる他者がいて成り立つこれらの物語は、終始主人公の頭の中だけで起こっている。
(妄想の中の)両親からは、(妄想の中の)彼を愛してあげなさいと諭される。これは精神的成長と言えるのだろうか。客観的には、一歩も前に進んでないのだ。
ディスコの鏡や電車の窓に映る自分の姿を見て主人公が叫び苦しんでいたのは、客観的な自分の姿が、主人公を内的世界から引きずり出すからだと思う。

ゲイとしての生きづらさは、ゲイであること自体に対するいじめや近親者からの拒絶はもちろんあると思う。本作の会話の中では、ゲイの中の世代間の差を見ることができる。世界は変わっているはずなのに、幼少期から心に刻まれた負の感情は、世界が変わっても拭うことができない。

ただ、ゲイとしての生きづらさは、より一般的な、孤独ゆえの鬱思考を高めることにもあると思う。幼少期から他者と親密になりにくく、他者への疑心暗鬼や恐怖が心の根っこに植え付けられやすい。そうして確立した他者一般に対する社交性は修正することができず、例え大人になっても、孤独感を解消することができなくなる。
他者不在の中で、自己反芻的思考回路がますます強化されて行く。内的世界が中心になり、現実と妄想が入り混じってくる。いわゆる“健全な”社会生活を営むことが難しくなる。

これは、ゲイであること自体の問題というよりは、誰にでもある「孤独」の問題でもあると思う。そして究極的には、他者は他者であって、決して共有することのできない内的世界が誰にでもある。そういう意味では、人間は皆「異人」なんだと思う。(本作の原題:All of Us Strangers)ただ、それをゲイという舞台設定でより分かりやすく可視化させたのが本作だと思う。

最後に、本作の最も好きなところは、客観的には何も起こっていない妄想の中の出来事を批判的に描いていない点にある。
ラストシーンの、妄想の中の対象をネブネブと味わい自分を慰める描写は、例えばゲイに当てはめるなら、ノンケに恋したことのあるクローゼットゲイなら皆経験があるのではないだろうか。どうすることもできない現実の相手と、もしかしたら可能性もあるんじゃないかという希望(願望)が歪に膨らんだ妄想の中の相手。
また、ゲイに当てはめなくても、孤独感を感じた人間なら誰しも共感できるのではないだろうか。
あのラストを、恐ろしくも美しい映像に仕上げた本作に、鑑賞中開いた口が塞がらず、思わず拍手を送りたくなった。
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