靜

異人たちの靜のレビュー・感想・評価

異人たち(2023年製作の映画)
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オープンリーゲイであるアンドリュー・ヘイ監督が、主人公の設定をゲイ男性に変更し(演じるのは同じくゲイを公表しているアンドリュー・スコット)、自身が実際に生まれ育った家で撮影をするという私的な要素を濃厚に含んでいる映画だった。その私的な要素に自分を重ねて追体験したものだから、わたしは新鮮に傷つき直してしまった。同じような体験をしてきたかもしれない、痛切な想像を伴う可能性のある立場の人たちにはすすめにくい作品です。気をつけてね。

『WEEKEND』を撮ったアンドリュー・ヘイがこういった作品を撮るのは意外な気がするし、避けて通らずにはいられない必然にも思える。ラストを観て、わたしは自分が「ふざけるんじゃないよ」と怒り出しそうだなと思ったけど、なんでか怒りの感情は出てこなかった。どう言葉にしたらいいのかと、まごついた気持ちだけが張り付いてほんの少しの息苦しさを持続させている。私的な要素を抜けた先にも、顔色を変えずに存在する絶対的な寂しさは確かに普遍なのかもしれない。ど直球で描かれる孤独に気落ちしたと言えばそうだ。だからといって評価を低く見てはいない。インタビューで監督が“時代の流れによってどれだけ大きな変化があったのか、その一方でいかに何も変わっていないのか、その両方を描くことに関心がありました”と語っていた。わたしも同じく関心がある。

「同い年だったらお前をいじめていたと思う」「僕もそう思う、だから言えなかったんだ」というやり取りがあまりにも正直で怯んだ。幼少期に飲み込んだ言葉を声にする機会を得て吐き出したら、相手も綺麗に包まずに率直な言葉や反応で返してきたものだから律儀に傷つき直す主人公と一緒にわたしも傷つき直していた。それが回復への近道と言わんばかりに。大人になって数十年が経とうが幼少期の傷は現役で作用し続けるし、叶えられなかったことはいつまでも焼けつく。だから真正面から砕ける必要があったのかな。それにしたって痛い。あの時こうして欲しかった。あの時こうしてあげられなくてごめんね。そう言い重ねながら彼ら親子は絡まった糸を解して束ね直していく。
“我が子だから”愛しているという条件付きの愛があまり理解出来ないから、物語が親から子への無償の愛情を土台に進められると納得が追いつかなくて置いてけぼりを食らうのだけどね。

『異人たち』はしこりやわだかまりを解剖する痛みを伴う映画だし、解剖して提示したところで解決には結び付かない。解決など存在しない深く閉じた壁と対峙させられる残酷さがある。だけど人には言えないと思って沈めていた痛みや寂しさなんかを口にして伝えることは、諦めなくてもいいのではないかと思った。楽しい物語ではないし鑑賞後ずっと気落ちもしているけど絶望はしなかった。
部屋に入って声をかけて欲しかった子供が、今度は「寂しくて仕方ない」と泣く人の部屋に入って寄り添う変化を見ると絶望し切れないよ。
靜