デニロ

異人たちのデニロのレビュー・感想・評価

異人たち(2023年製作の映画)
3.0
原題が『ALL OF US STRANGERS』となっているので、『異人たちとの夏』とは趣が変わっている。

ロンドンのタワーマンション。目白通り沿いの6階建てのマンションとは違います。物語はそのタワーマンションでひとり暮らす主人公/アダム(アンドリュー・スコット)が自室で夜明けを迎えるシーンから始まります。窓からロンドンの町をぼんやりと見つめるともなく見やります。視界には人の蠢きは感じられません。彼も捉えようとはしていないようです。

ある夜、アダムの部屋のインタフォンが鳴ります。/このマンション、俺とあんたしか住んでないんだ。静かすぎて嫌になる/と若い男/ハリー(ポール・メスカル)が部屋の前に立っています。片手に日本のプレミアムウィスキーだと言って、一緒に飲まないか、と訪ねて来たのです。原作が日本だからここで日本を強調したんでしょうか。でも、突然、そんなこと言われても困りますよね。大昔、わたしがボロアパートに住んでいた時代の頃、トントンと木製の戸を叩く音に開けてみると、同じ1階に住んでいた若い女性二人が立っていて話しませんかと誘われたけど、え?ですよ。いやあ、とどぎまぎしながら断ったけど、ふたりは次のドアを叩いていました。後々、彼女たちは吉祥寺のキャバレーに勤めていたことを知るのですが、何故それを知ったのかというと、ある日、その店の人間が彼女たちを訪ねて来て所在を尋ねられたのです。彼女たちはある日忽然と居なくなってしまってわたしは知る由もなし。彼らから名刺を渡されて彼女たちの勤務先が分かったのですが、彼らは折箱を持っていたので、店で何らかの不祥事があったんではなかろうかと、そんなことを想ったものです。今ならネットで検索すれば何らかの情報を得られるんでしょうけれど、当時はそんなものはありません。

さて、見知らぬ赤の他人なんて部屋にあげるわけもなくアダムは仕事を開始します。12歳の時に死に別れた父母のことを書こうとしているようなのですが上手く行きません。蔵ってあった思い出の小箱を開けると思いついたように、かつて両親と暮らした郊外の家へと向かいます。そこでかつて見知ったそのままの父母と出会うのです。

高揚した気分でロンドンに戻り、/この間は悪かった/と言うハリーを誘います。/ウィスキーは好きなんだ。/あんたクィアだよね。/ああ、ゲイだよ。クィアって言い慣れない。/クィアの方が上品で、フェラなんてしない感じがするだろ。/で、男と男ですもの、どうにかなっちゃうんですけれど、深入りしたくなかったらこれっきりにするよ、なんて『マディソン郡の橋』のキンケイドみたいなことをハリーはやさしく言うのです。

ハリーと出会ったからなのか、その後、母に父に自分の性的指向をカミングアウトする。いや、非現実なんだから、かつて言えなかった思いを今言えたということなのかもしれない。母親の反応も自らがかんがえていたものだったろうし、父親の、お前の事はわかっていた、という反応も、何で助けてくれなかったの、と叫びたかったのだと思う。

この辺りから現実的で非現実的な展開になっていくのは、アダムの部屋でハリーと共にマリファナを吸っているからなのだろうか。そんな浮揚感の画面が続いていく。

父母とのあらかじめ失われていた再会の終わりをようやくの事で受け入れ、ハリーを大切にしなさい、彼は淋しそうだ、という言葉を胸にハリーのもとに行くと。

これから先は『異人たちとの夏』とは真逆の展開になっていって、三遊亭円朝の「牡丹燈籠」の新三郎とお露は実はしあわせに旅立ったんじゃないだろうか、というようにアダムとハリーの抱擁を観ながら思うのです。そう思うのです。
デニロ

デニロ