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異人たちのumisodachiのレビュー・感想・評価

異人たち(2023年製作の映画)
5.0
山田太一原作小説を再映画化。原作未読、邦画版既視聴。

中年の脚本家アダムは、ロンドン近くの町のタワーマンションに住んでいた。しかしそこにはアダムの他にもう一人しか住人がおらず、ある晩その住人(ハリー)がウィスキー片手に訪ねてくる。部屋に入れてほしいというハリーを警戒して追い返したアダム。そして、孤独とスランプに悩みつつふと故郷に足を運んでみると、そこには死んだはずの両親がいて……。

原作ではお盆の時期を、クリスマス時期に置き換えているのと、主人公を同性愛者に設定しているのが大きい変更点だが、基本的なストーリー展開は比較的原作に忠実だ。それなのに、これほど印象が違う作品になるとは!

ほぼセリフがないオープニング。タワーマンションの上階の部屋から見える朝焼けのロンドンの風景。アダムが過ごしている日常の「孤独」を丁寧に掬い取るようにカメラはショットを重ねていく。無機質なマンションに2人しか住んでいないという不自然極まりない設定にも関わらず、美しく詩的な映像に誘導されていつの間にか「アダムの日常」に入り込んでしまっていた。

両親との再会によって少しずつ明かされていくアダムの過去と心の傷と、ハリーとの交流によって再び活性化していくアダムの毎日が恐ろしく良いバランスで交互に描かれていくのだが、すべてのセリフに一切の無駄がないのがわかる。とはいえ、普遍的なセリフを散りばめた「良いセリフ」で構成された作品というわけでもなく(『パスト・ライブス』はややこの傾向があったと思う)、基本的には極めてパーソナルかつリアルで生々しいセリフで構成されているのが凄い。

両親、アダム、ハリーと3つの世代の感覚の違い(ホモセクシュアル、ゲイ、クィアという呼び方の違いを使った表現が巧みすぎた)、ゲイであることを打ち明けた時の母親と父親との対話、最後に両親と言葉を交わした時のセリフ……そのすべてが心に突き刺さるが、すべてがアダムだけのものであり、そして同時に観客自身にも突き刺さってくるというのかな。なにがきっかけなのかわからないのに自然と涙があふれてきて、止まらなくなってしまった。

心の傷は時間で解決するものではない、親子が共に過ごす時期がいかに貴重か、誰かをいつくしみ愛することの大切さなど、見終わった後に心に深く深く余韻となって残るものがこれほどに多いとは。私は時にアダムとなり、ハリーとなり、アダムの父親になり、アダムの母親になりながらスクリーンを眺めていた。すべての人間が不完全で、愛おしくて。

時空の境が分からない白昼夢のような演出も素晴らしく、どこまでが現実なのかがほぼわからないように構成されている。というか、実はアダムも死んでいる(おそらく火事によって)という解釈も可能なつくりであり、死の間際に心の傷と家族を失った喪失を乗り越え、誰かを心から愛することによる充足感を得た物語だと読み解くことも可能だろう。

邦画版からホラー味が薄まっているとはいえ、終盤のハリーの事実はやはりショッキング。ただ、ハリーはもうひとりのアダムとして描かれているとすると、孤独に負けて死んだ自分ですら抱きしめ愛するというラストになるわけで、かなり完成されたエンディングだといえるのではないだろうか。

ともすれば音楽に頼りすぎているとも捉えられかねない楽曲の使い方についても、キャラクターや世代描写と無理なく結びつけられていて、むしろ自然な演出だと感じた。本作があくまでもアダムの中で起きているパーソナルな物語として綴られていることも大きいだろう。

アンドリュー・スコット、ポール・メスカル、ジェイミー・ベル、クレア・フォイ全員が最高レベルの演技を見せていて、すべてのシーンに奇跡的な輝きが起きているのもポイント。文句なしの大傑作だ。






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