ボー

異人たちのボーのレビュー・感想・評価

異人たち(2023年製作の映画)
5.0
 観ている間ずっと、手当てを放棄して変なくっつき方をした傷を優しい手付きでなぞられ続けるような感じだった。昔のことだよ。そんな風に笑って無視しようとした傷を、昔かどうかは関係ないと真正面から労られてしまえば、いっそ途方に暮れてしまう。しかし本当に正しく治すには、まずは痛みを認めないといけなかったんだな。
 冒頭、ハリーは火災警報が鳴っていても避難していない。彼は寂しさと傷をごまかすために心身を危険に晒して麻痺させるしかなかったのかもしれない。ハリーはアダムよりも若く、HIVを恐れて深い繫がりを避ける世代ではないものの、状況はそう目覚ましい変化を見せていない。自分はハリーより少し若い世代だが、アダムの恐れにも強く共感できてしまう。
 時代は変わった。寂しい状況は属性に依るものじゃない。昔のことだし、別に特別なことじゃない。
 全部唱えているだけで、言っている最中に少しも変わっていないとさえ思う。そうして本心さえ煙に巻いて自分を宥めて生きていると、未来に期待しないのが最適解になってしまう。よく分かる。寂しいことなのかもしれないけれど、そうでもしないと生きていけない。しかしそうでもして生きてきたというのは、それ自体が誇れることなのだと、彼の父親に肯定されたように思う。
 生きていれば変化できる。話せるし、仲直りできなくても空間を共有できたり、その間にわだかまりがどうでもよくなっていったりもする。届かないところもあったけど、愛している。どうしても単純に切り離せなくて、求めてしまうし期待してしまう。厄介で愛おしい家族の細やかな描写がひどく生々しくて、雄弁な映像だった。
 同監督のWEEKENDでもそうなんだが、登場人物らが交わすコミュニケーションのぎこちなさが絶妙にリアルで一気に惹き込まれる。長く(本当に長く!)会っていなかった家族を出迎えるのに過剰にはしゃいでみせてしまったり、キスがうまくこなせなかったことを照れくさい笑いと共に白状したり、いちいち"無理しなくていいよ!"と距離感を探ったり…こうした一つ一つのスムーズじゃなさに体温が通って、痛切な本心の吐露が真に迫る。
 クィアによるこの主題を扱った映画を観れて良かった。アレンジは賛否両論だろう。でも自己本位なことを言うと、自分が対象に含まれる映画だと確信を持ってこの主題を観れて本当に良かった。
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