ラウぺ

異人たちのラウぺのレビュー・感想・評価

異人たち(2023年製作の映画)
4.2
ロンドンのビルに住むアダム(アンドリュー・スコット)は仕事の脚本に身が入らず、日中誰とも会わずに無為な時間を部屋で過ごしていたが、あるとき火災警報でビルの外に出てみると、下の階でもう一人の住人がアダムの方を見ているのに気が付いた。ノックする音でドアを開けてみると、その住人の男ハリー(ポール・メスカル)が酒瓶を片手に話し掛けてきた。突然の訪問に警戒したアダムはハリーの誘いを断って家に帰してしまうが・・・

山田太一原作『異人たちとの夏』を英国で再映画化。
原作未読、大林宣彦の『異人たちとの夏』は未見だったので、本作を鑑賞する前にAmazon Primeで鑑賞。

原作未読なのでどうしても大林版との比較になってしまいますが、本作は登場人物もごく限られ(アダムとハリー、それと両親の実質4人しか出て来ない)物語的にも要点以外は殆どそぎ落とされたミニマムな展開となっています。
その分だけ幻想的な雰囲気が増し、またアダムの孤独(=孤立)の様子が際立って見えます。
両親の話などからしてアダムは元々あまり社交的な子どもではなかったようですが、人気のないビルで誰とも関わりを持たず、恋愛もせずに生きてきた。
恋愛を経験していないのは彼がゲイであるからということもありますが、ハリーに誘われてもはじめは拒否する様子を見せるところからも恋愛を避けてきた様子が窺われます。
大林版で主人公のトラウマとなっていたのは孤独というより老いに対する恐怖でしたが、こちらは孤独に加えてゲイに対する認知(特に両親の)の問題。
ゲイであることを両親に告白しないまま亡くしたアダムは今のハリーとの関係を両親に知られてゲイに対する世代間のギャップに直面することになる。
当然30年ほどの間のゲイに対する世間の認識は非常に大きな開きがありますが、それはアダムが両親に対して自分のありのままの姿を認めて貰いたい、という心情によるものと思います。
NHKのインタビューで自身もゲイであることからゲイの要素を絡めるのは当然の成り行きと説明していましたが、いささいか唐突感のあった風間杜夫の恐怖の原因よりも、こちらの方がより説得力のある原因であるように思います。
ゲイでもあり、孤独に苛まれるキャラクターとしてのハリーは名取裕子のキャラクターとやはり相似形であり、夜になると他に誰も住んでいないビルに対する潜在的ともいえる恐怖を抱いている。
孤独なゲイという共通項を得てアダムとハリーの仲が深まるのは当然の成り行きといえます。

登場人物を絞り、ミニマムな世界で展開する物語は、大林版と比べて極めて内省的で、抽象的であり、日常生活臭は殆どありません。
文学的ともいえる抑えた表現の中にあって、両親との邂逅場面は、大林版と同じく子供の頃に亡くした親子の関係の再構築を渇望するアダムの様子と相まって大林版の温もりと相通じる雰囲気を湛えて胸に迫るものがありました。
すきやきの場面に相当するところで多くを語らないながらも惜別の気持ちを押さえられない重苦しさは、この作品群全体に相通じる親子の分かちがたい感情に根差す、人として誰もが持ちあわせる気持ちの表れなのだと思います。

そして迎えるエンディング、少々浮き気味な印象の拭えない大林版に対し、この作品ならではの空気感を湛えた見事な締めくくりだったと思います。
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