寝木裕和

Hereの寝木裕和のレビュー・感想・評価

Here(2023年製作の映画)
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今年に入って、一番の驚き。

ベルギーのバス・ドゥヴォスという監督を知ったこと。

前作、『Ghost Tropic 』も素晴らしかった。そしてこの作品も静謐でありながら根底に力強いメッセージが流れていてとても見応えがあった。

ルーマニアからの移民労働者である主人公・シュテファンと、おそらく中国からの移民二世だと思われる植物研究者のシュシュがひょんなことから、出会う。
他国から移ってきた本人と、移民の二世では、微妙に労働階級〜暮らしぶりが異なることを、過度に訴えかけるようではなく表現している。

二人はそんなこと関係なく、森の中で見つけた、一つの苔の世界を覗きこむ。

苔そのものが、小さな森なのだと。

シュテファンが首都ブリュッセルでの過酷な肉体労働に疲れ、故郷へ帰ろうかと逡巡しているタイミングで、苔の世界に魅了されていくのも見事な描写で。

シュシュは言う。
「苔は初めての陸上生物。
おそらく、人間が滅んでも、苔たちは生き続けるわ。」

人間も、自然の一部であって、苔と同じように、過去から繋がってきて、未来へ託していく。

それでも、いま「Here」に生きているのであり、それがどこだとしても、過去とも未来とも繋がっている。

自然をもう一度意識することで、資本主義とかそれを回すことでがんじがらめになっているワーカホリックな毎日とか、そこから離れて「Here 」を平和に暮らしていくことは可能なのではないだろうか。

そんなふうに問いかけられているように感じた。

シュテファンは冷蔵庫に残っていた野菜をごちゃ混ぜに鍋に入れてスープを作り、それを出会う人みなに配っていく。

スープは素敵だ。

それぞれ違った場所で生まれたどんなものを混ぜても、煮込んで軽く味付けすれば、美味しくなり人を喜ばせる温かいものに変わる。

移民国家と言われるベルギーでも、いやそれはどんな場所の人間関係でも、本当はそうできるのだと思う。
スープのように。

ベルギーのマルチ弦楽器奏者、ブレヒト・アミールによる音楽も、この作品の優しく静かな雰囲気にマッチしている。
寝木裕和

寝木裕和