YAJ

HereのYAJのネタバレレビュー・内容・結末

Here(2023年製作の映画)
3.3

このレビューはネタバレを含みます

【r r r 】

『Ghost Tropic』(2019)に続いてベルギーのバス・ドヴォス監督作品。こちらのほうが新作で、確かにテイストはそのままに、絵に安定感が出たように感じる。

 掌編、文庫本を味わうような滋味あふれる作品は、大作やド派手なエンタメ作品、アニメ作品が興行ランキングを跋扈する世相にあって、一服の清涼飲料、いや、ほっこりお茶一杯の趣き。

「植物学者と移民労働者が織りなす些細で優しい日常の断片」(公式サイト Storyより)。それ以下でも以上でもなく。
 “断片”と断わっているので、起承転結も期待しちゃいけない。ドラマ性ももちろん、伏線や回収といった安っぽい作為を否定するオズ=ヴェンダース思想の後継者の一人だろう、バス・ドヴォス。そもそも前後の繋がりもあってないようなもの。断片なだけに、画面や話の切り方もうまい。最後の終わらせ方にも、「ほぅ・・・」と声が出そうになった。それが持ち味か。

 鑑賞後、どのシーン、どのセリフを胸に持ち帰るかは、鑑賞者の裁量に委ねられている。作為のない作品、なにを持ち帰ってもよさそう。私は「r」だった。

 植物学者のシュシュの、シュテファンへの自己紹介で、「蘚苔(せんたい)学者」という聞きなれない訳語を字幕に使っていたのは、ちょっと引っかかった。



(ネタバレ含む)



 「r」、railway=鉄道のことが気になったのは、最初にスープを届けた友人のセリフで「ヨーロッパを最初に走った列車が・・・」云々の言葉が出たこともあるが、工事現場の近くを走る鉄道が見えたり、シュテファンの部屋の窓に映り込む列車や、町中でどこからともなく警笛や軌道音が聴こえる。車を修理に出す道中でもすぐ近くを鉄道が通る。

 なにしろ冒頭のタイトルで不思議に思わせる表記があったから。
 スタンダードのほぼ真四角に見えるスクリーンの中央下に小さく記されたタイトルの「here」だが、「r」の文字が反対向いていた気がした。これが大文字「HERE」の「R」なら、ロシア語で一人称、“私”を意味する「Я」であるが、小文字で「r」、それが左右反転している字は知らない。
 あまりに小さい文字だったので、見間違いかもしれないと半信半疑だったが、海外版のフライヤ画像を後で拾ってみると「r」が反転しているものが見つかった。
 いずれにせよ、最初に「r」の文字にひっかかったものだから、「これは ”r" に何かある?」と思いながら観ていたので、まずは鉄道(railway)が気になった。

 railway以外の「r」だと、なんと言っても「rain」(雨)かな。シュシュの叔母さんの中華屋で待つシュテファンを、雨だれの窓越しに撮ったシーンが印象的だった。ソール・ライターか(笑) 
 二人の出会いのイミシンなシーンの後にも静かに雨が降っていた。苔が育つ環境にも、雨による適度な湿気、お湿りが大切だし。

 さらにコヂツケるとしたら「relationship」の「r」か。
 故国ルーマニアへの帰国を前に、冷蔵庫を整理するにあたり、郷土自慢の特製スープを作るシュテファン。それをタッパに入れ、友人、知人に届けていく。出稼ぎ先のこの国で、なんらかの関係を持った人たちに、帰国の挨拶と共にスープを1人ひとり手渡していく。
 職場の工事現場での作業が止まっている4週間の予定ではあるが、「少し延ばすかもしれない」と言い添える。そこはかとなく、もうベルギーには戻ってこないニュアンスを滲ませるところが切ない。
 関係を整理する、というワケではないが、築いた人間関係を大切に思うシュテファンの気持ちが表れていて、心温まる行為だ。

 さて、そんなスープ届けの道すがら出会ったシュシュとの関係、relationshipは、この先、発展し、新たな展開があるだろうか? 
 恐らく一期一会ではなかろうか。Treasure every encounter, for it will never recur. 「recur」(再会)がないからこその美しさ?
 うちの奥さんは、シュシュに会うためにシュテファンは戻ってくるのでは?と希望を抱いたという。Roumaniaからのreturnはあるか?(故の反転文字?笑)

 ひとそれぞれ持ち帰る思いも違って面白い。いろんなresonance(余韻)が残るのは良作の証。

 そもそも、ベルギー映画で、使用言語がフランス語、オランダ語、ルーマニア語、中国語だというのに、なに英語の考察してるんだ、ってところですが(笑)
YAJ

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