かじドゥンドゥン

彼方にのかじドゥンドゥンのレビュー・感想・評価

彼方に(2023年製作の映画)
3.0
18分の短編映画。

仕事の電話に出て目を離した隙に、最愛の娘が無差別殺人犯に殺され、取り乱した妻もその場で高所から転落死し、悲嘆に暮れる黒人男性。事件の一年後、犯人の裁判は終わるも、男の傷は癒えない。

悲しみを抱えたままタクシードライバーを始めた男は、ミラー越しに客の表情を見やり、あるいは客たちの会話に耳を澄ませて、自分のいたはずの家族に想いを馳せる日々。よその家族のささいなやりとりに思わずくすりと笑うこともあれば、彼らの悲しみに共感・同情して目を細めることもある。

そして或る日、黒人夫婦と娘が乗車。口論が絶えない夫婦と、その間に挟まれてうかない顔の娘。ドライバーの男は少女の心中を察して胸を痛めるとともに、自分の家族を思い出し、家族を降ろした後で道端に崩れ落ち慟哭。しかし数分後、再び気を取りなおして、ハンドルを握っている。

自分をごまかしながらどうにか持ち直したメンタルと、ささいなきっかけで突発する悲しみとの、激しい明滅を見事に演じている。悲しい顔をしている人だけが悲しんでいるとはかぎらない。むしろ、ひとが深い絶望と悲嘆に耐えるべく必要な、いつわりの平静さも存在する。