デニロ

青春18×2 君へと続く道のデニロのレビュー・感想・評価

青春18×2 君へと続く道(2024年製作の映画)
3.0
序盤を観ながらこどもっぽい作劇だなぁ、とお尻がムズムズしてきた。台湾のIT起業家/ジミーが取締役会で解任されて、俺の会社だ!!と叫ぶ。実家でもテレビ報道を観ながら、何があったのかしら、と心配している。大学時代に「袖すり合うも他生の縁」で友情が芽生えゲームソフトを開発して起業して会社を設立する。その会社が大きくなるに連れ自身と会社の距離を測ることが出来なくなって、経営は悪化、人心も離れていく。そんなことに気付きこころが落ち着いたころ後継の社長になる盟友から日本でのプレゼンテーションには付き合ってくれ、と連絡が入る。これが最後だよ、もう俺の会社じゃないんだから。

東京。運命の女清原果耶/アミを思い起こす。そのまま彼女と出会った当時の回想と日本の旅を重ね合わせます。報われなかった愛の記念。話はかなり陳腐に感じられてしまうのですが、暫らく観ているうちにわたしの青春と重なり合って、まあ、若き日を振り返るとそんなものなのかもしれないと思い直す。本作の主人公の男子女子へ感情が入り込むというより、わたし自身の感傷に浸って涙してしまう。

また、本作では死と表裏一体の生というものを描いていると感じた。人生はいつまでも続くものだという、ジミーの若者らしく生に立脚したキラキラした将来像を横目で見ながら、アミは、人生が長く続くかなんて分からないよ、という言葉で返して、死がすぐ隣に見えているやるせなさを静かに自省する。死を前提として将来を描くことなんかは無くて、死を閉ざして日々を生きるのが一般的なんじゃないかと思う。死は必ず来ると実感してしまっているアミの姿を見ることは辛いことなのだけれど、アミはいつも人といる時には笑って過ごすようにこころがけている。その後の彼女の描き方を見ても彼女は笑顔を絶やさぬ努力を続けていたに違いない。井上ひさしが、生と死を合わせ鏡で描いていた宮沢賢治の童話は、死ぬ瞬間にニッコリとして死んでいく、というところが特徴的だとどこかで話していた。その人は自分の全部を肯定して死んでいくんだ、という風に。確かに「よだかの星」のよだかも微かに笑って死んでいったと思う。

死は体験することは出来ないので、他者の死をたくさん見ることを以てして知ることしかできない。そんなことをつらつらかんがえていると/ひと休みは、より長い旅のため/、という本作の随所に出て来る言葉を思い起こした。それじゃ、ひと休みして・・・・・
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