櫻イミト

水平線の櫻イミトのレビュー・感想・評価

水平線(2023年製作の映画)
4.0
東日本大震災から10年を過ぎた福島を舞台に、遺された父娘の傷みと再生を描くヒューマンドラマ。俳優・小林且弥の初監督作。ピエール瀧の復帰初主演作。

福島県の港町。海への散骨業を営む井口真吾(ピエール瀧)は娘の奈生と二人暮らし、震災で妻が津波にのみこまれ帰らぬままだった。ある日、若い男が兄の散骨の依頼に来るが、続いて訪ねてきたジャーナリストの江田から遺骨に関する重大な事情を聴かされる。。。

震災から13年目の3月11日に鑑賞。静かで繊細な語り口の中にテーマへの強い意志が感じられる意欲作だった。さらに映像の完成度が驚くほど高かった。

プロローグ、主人公の追いカメの末に辿りつく暗い部屋。棚に置かれた白い骨箱が悲しいぐらい目立って見える。暗闇にあって否応なく目に入って来てしまう遺骨。それは震災の傷がいつまでも消えない主人公(被災遺族)の心に重なり何とも象徴的なカットである。観終わってみるとこのショットがラストへの布石となっていることがわかる。本作は闇を歩き続け、一筋の光明を見出す物語なのだ。

このテーマを描くための特筆すべき映像演出が“夜を夜として”撮影し映し出している事。照明を極力使用せずに撮影しているためシーンによっては暗くて非常に見えづらい。しかしこの闇が続くからこそ、クライマックスの朝焼けが美しく、窓から光を入れる行為に大きな意味がもたらされる。

本作の撮影は「王国(あるいはその家について)」(2023)の渡邉寿岳。同作でも感じたことだが、望遠カメラと長回しの多い映像はドキュメンタリー的で、ピエール瀧をはじめ役者たちの表情がとても生々しく感じられた。ここは俳優でもある小林監督ならではの明確な演出意図が感じられるところ。

もうひとつ斬新だったのが、シーンの切り替えに1S→同角度の1Sの繋ぎを多用していること。これほど多用している映画は初めて観たかもしれない。途中から気付いたので再見しないと各シーンでの意味は語れないが、終盤での父娘の切替えしは秀逸で、言葉に頼らずに二人の表情の対比で考察の余韻を残す、まさに映画的表現だった。ここにも小林監督の役者としての矜持が垣間見えるような気がした。

東日本大震災の直後に現場で見た壊滅の風景は忘れられない。当事者の遺族の方々の心の傷はずっと消えないだろう。そして被災者に限らず多くの人が傷を負いながら生きている。それでも、周囲の人々との関りの中での小さな喜びが傷をいやし、自分が誰かの心を少しでもいやすことができたなら前を向ける、そんな祈りの心が感じられる見応えのある一本だった。小林監督の繊細な感性には傑出を感じる。決して商業主義的な作風ではないと思われるので、次作は西欧の映画賞出品を前提にした制作を期待したい。
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