くまちゃん

罪と悪のくまちゃんのネタバレレビュー・内容・結末

罪と悪(2024年製作の映画)
3.6

このレビューはネタバレを含みます

今作は齊藤勇起の初監督作であり原作のないオリジナルとのことだ。「罪と悪」。この重々しいタイトルは観客を強く引き付ける。韓国ノワールのような陰鬱とした雰囲気がそうさせるのだろうか。新たな才能の萌芽を映画業界はいつでも受け入れる。
今作は映画としてミステリーとして見ごたえはあるもののどうしても既視感が拭えない。なぜならデニス・ルヘイン原作クリント・イーストウッド監督の「ミスティック・リバー」と酷似しているためだ。似ていること自体は問題ではないが今作にオリジナルと言えるほどの独自性が見られない。それでも面白く見れるのはこの手の題材、フォーマットの魅力であってシナリオや演出の力量ではない。

春、晃、朔、正樹はいつも一緒だった。
いつまでも続くと信じていた少年期の友情が普遍的なものでないのは「スタンド・バイ・ミー」を見ればわかるだろう。ある日橋の下で正樹が死んだ。何者かに殺されたのだ。近所には「おんさん」と呼ばれる老人が住んでいる。彼が正樹を殺したに違いない。朔はそう確信していた。問い詰めるため、真相を暴くため、小さな探偵たちは覚悟を決めおんさんの元を訪ねた。森の中に鎮座する掘っ立て小屋は今にも朽ち果てそうで不気味さが際立つ。
おんさんはいなかった。が、朔は決定的な証拠を見つける。小屋の直ぐ側に正樹の靴が落ちていたのだ。その瞬間少年たちの背筋は冷たく発汗した。やはりおんさんが正樹を殺したのだろうか?
疑念と確信のはざまで動揺する思考回路が明確な指針を見いだせないでいると、後方で物音がした。振り向いた三人はさらに血の気が引いた。魚のように目を剥いた鬼の形相のおんさんがそこにいたのだ。ここまで来て迷っている暇はない。追い出そうとするおんさんに抵抗し、詰め寄り、責める。相手は老人だが、中学生を軽く制圧するほど力は強い。彼等は己の非力さを呪った。己の無力さを恨んだ。このままでは自分たちも殺されるかもしれない。怖い。恐怖が心を侵食していく。

気がつくとおんさんは虫の息だった。
朔が渾身の一撃を振り下ろしたのだ。
安易な正義感と若い友情の代価は高く最悪の結末を迎える。
春は小屋に火を放つと朔と晃を逃がし全ての罪を引き受けた。

春の家庭は崩壊していた。父の暴力と母の育児放棄。この混沌がいつからなのかはわからない。妹の死は父の暴力と関係があるのだろうか。出所し、実業家となった春には黒い噂が絶えない。建設会社や飲食店、コンビニなど幅広く事業を展開する一方で暴力団とも懇意にしていたためだ。だが春は何より仲間を尊重する。
自身の経営する会社では多くの不良少年を雇い入れている。行き場を失ったエネルギーのセーフティーネットとして機能させるにはどうしても後ろ盾が必要なのだろう。暴力団との良好な関係性は事業継続には必要だ。それでも迎合はしない。ここには新たに築いたファミリーがいるから。美しい妻、可愛い子供たち、頼れる仲間。大人になって手に入れた家族は春がずっと欲しかったもの。近くて遠かったもの。失ったもの。身内の敵になり得る相手には容赦なく牙を剥く。
家族を守るために。
あの事件は少年たちの心に深く根付いている。朔は幸せになることに罪悪感を覚え、晃は苛ついた感情を家族に向けた。この二人は20年もの間罪から目を背けてきたのだ。春は向き合い続けてきた。この差は決定的に彼等の見るべき世界を変えてしまったのだ。罪を被った春が一番幸福そうにみえるのもそのためだろう。

晃は警察官である父と同じく正義感が強い。そんな彼が殺人の片棒を担ぎ、沈黙を続け正義の象徴である旭日章を掲げるに至るまでどれほど苦悩したことか。罪を犯したこと、罪から逃れたこと、罪を隠蔽したこと、こんな自分が法の執行人になって良いのだろうか。許されるのだろうか。警察官という道を選んだのは父の存在もあるだろうが、何より罪人である自分への戒めだったのかも知れない。
大東駿介はそんなどこか生きづらそうで、焦燥と絶望の淵を彷徨い続ける晃を実に良く体現していた。

中学時代朔は人気者だった。友人に囲まれ、異性や後輩に好かれ、サッカーも上手かった。この少年は将来どんな大人になっただろうか。あの事件は朔に起因している。正樹が慕っていた老人に疑いの目を向けたのも、正樹の靴を発見したのも、老人の頭部に鈍器を振り下ろしたのも朔だった。これは偶然だろうか。少なくとも友人である春と晃の目には展開を誘導しているかのように写っていた。いや、大人になってその偶然の違和感に気がついた。

春はなぜ晃と朔を庇ったのか?春は後にこう語る。全て壊したかったからだと。両親から受ける暴力と無関心。もし地獄があるのならここがそうなのかもしれないと錯覚する日々。そんな日常を破壊するきっかけが欲しかった。できれば父親を殺したかったがそんな度胸は持ち合わせていない。これは絶好の機会ではないか。手を汚すことなく家を出ることができる。だが壊したかったというのは理由の全てではない。壊したいのならなぜ彼は友人たちが逃げたあと、燃え盛る瓦礫の前に涙を流したのか。なぜそんな悲しそうな顔をする必要があったのか。春は壊したい以上に守りたいものがあった。若いが確かに堅固な糸で結ばれた青臭い友情。壊したくない絆。春は必死に守ったのだ。友人たちの未来を。

現代で過去と同じ状況での少年の遺体が発見された際、その所持品が正樹のものだと確信する場面があるが、それは晃の古い記憶に頼っただけの根拠のない証言であり、その指摘を受けて捜査チームが捜査方針を決めるのも晃の記憶に頼り過ぎな気がする。また朔の双子の弟直哉の部屋から少年を殺害した凶器が発見されるが、それは大きめの岩石であり部屋に持ち込むにはリスクが高くメリットがない。この証拠は真犯人の工作に過ぎなかったが稚拙すぎる捏造が物語への没入を阻んてくる感じがある。

高良健吾、大東駿介、石田卓也、村上淳、椎名桔平、佐藤浩一。今作には一流のキャストが集結しながらどこかインディーズの色がある。それは作品全体の哀愁としてプラスに働いていると言えるだろう。齊藤勇起にはこれからのキャリアの中で、白石和彌や是枝裕和のような奥行きのある犯罪映画を期待したい。
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