Yoshishun

無名のYoshishunのネタバレレビュー・内容・結末

無名(2023年製作の映画)
3.6

このレビューはネタバレを含みます

“時系列イジりにうんざり”

近年、ヴェネチア国際映画祭にて栄誉金獅子賞を受賞したトニー・レオンの最新主演作。本国では歌手とても活動しているワン・イーボーの出演も話題となり、180億超えのメガヒットを記録したスパイ・ノワールである。チェン・アル監督は前作『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・上海』も超難解であったらしく、本作も歴史的背景や極力名を名乗らぬ人物構成、そして何よりも時系列をシャッフルさせたことで難解な内容となっている。

時系列シャッフルものとしては、やはりタランティーノ監督の『パルプ・フィクション』で大成し、一気に現代の映画監督がこぞって真似するようになったスタイルであるが、最近だと『オッペンハイマー』もまさに3巻に渡る長編ノンフィクションをそれぞれ時系列を並行させて描いていた。本作は、序盤の意味深な伏線が終盤で種明かしされていく構成であり、序盤でトニー・レオン演じるフーはどこにいたのか、女性にコーヒーを奢った人物は誰か、イエは何を決意したのか。更に時系列はシャッフルされ、突然過去に飛んだり、現代に戻ったりと忙しなく移動する。年号が出るだけ良心的であり、彼等は如何にして何者でもない、まさに無名に等しい存在として暗躍するに至ったのかが描かれていく。

只でさえ、30末期〜40年代の中国史の歴史的背景や、名乗らないキャラクターの応酬で難解さを極めているのに、変に時系列までイジってくるものだから、中盤辺りから飽きてくる。加えて特に目新しい展開があるわけでもないので、終盤の種明かしの段階では時系列イジりへの興味も薄れてしまい、また後半になるにつれ物語が急展開していくために前半は退屈な伏線張りの時間が長かった。他に、劇中では国民党や共産党、日本軍と様々な組織絡みの裏切りと欲望塗れな関係性が入り乱れるが、日本軍の描写はほぼ独立したストーリーとなっているため、無理に日本語を話す日本軍兵士の姿はノイズになっていた。

勿論、キャストは文句無しであり、特に60代とは思えないトニー・レオンはいつもの大人の色気を醸し出しながら、温厚な振る舞いとは裏腹のどこか冷徹な雰囲気を纏ったスパイのキャラクターは見事だった。また、本作で初めてのワン・イーボーも徐々に陰謀渦巻く暗黒世界に呑み込まれながらも、必死に喰らいつき本来の自分を取り戻していく姿も大きな見所となっている。原題が「Hidden Blade(隠された刃)」とあるように、静かに確実に殺めるクライマックスは鳥肌モノだ。また、映像にも拘りが見られ、画面の端で突然誰かが殺される陰湿さは北野映画のようでもあるし、全編暗闇に紛れ込むシーンばかりなのに、各キャラクターを捉えたショットは最高にキマっていた。

元々難解な内容に、さらに無駄に拘り過ぎな時系列シャッフルを取り入れたことで、必要以上に難解さを極めている。正直普通に時系列を並べて描いても十分面白いだろうに。やり方は違うものの、クリストファー・ノーラン然り、本作のチェン・アル然り、変にイジらずに普通に映画を撮れないものかと言いたくなる。


‥‥あと、EDは日本語歌詞ぐらい付けてくれ。
Yoshishun

Yoshishun