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無名のnetfilmsのレビュー・感想・評価

無名(2023年製作の映画)
3.9
 久しぶりの中国映画で、登場人物がワンとかタンとかファンとか言うものだから途中で頭が混乱してしまい、さっぱりわけがわからなくなってしまった1回目を経て、今日2回目を観てようやく人物の相関関係と物語のあやがわかった。中華民国、汪兆銘政権の政治保衛部のフー(トニー・レオン)は、かつて中国共産党の秘密工作員をしていたジャン(ホアン・レイ)の身辺調査を行う。汪兆銘に感銘を受け、中国国民党に転向するというジャンから共産党幹部の情報を聞き出すのだ。フー役を演じるトニー・レオン様のベテランならではの強い瞳が爛爛と輝く。1941年、上海。上海に駐在する日本軍のスパイのトップ渡部(森博之)は石原派を自称し、政治保衛部主任になったフーやフーの上司タン(ダー・ポン)と日本料理店で戦局について話していた。トニー・レオンの危うげな視線は完全にウォン・カーウァイ映画による無意識のインプリンティングなのだが、ここまで強い目力を持った俳優は世界広しと言えども他にいるだろうか?トニー・レオンの瞳はいつも世界の深淵を見つめている。

 『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・上海』のチェン・アルによる独特の色彩世界では、黒を何よりも重厚な色として強調する。スーツや車や銃や鉄格子、そして革靴に至るまで全ての黒色がスパイ・ノワールの怪しげな世界で蠢く。これは日本映画や韓国映画にも登場しないチェン・アルによる中国映画ならではの色味や色調で、大変評価している。近年ではロウ・イエのモノクロ映画もあったが、この色味で勝負しただけで今作の歴史的意義は大きい。その一方で時系列を微妙にシャッフルしながら、種明かしの説明にしっかりと尺を取る後半の展開は単純に言って悪手のように思えた。この手のスパイ・ノワールは騙し騙され、反転してまた騙しという二転三転する構造を我々観客は嗅ぎ付けてしまう嗅覚を持っているわけで、我々観客はトリッキーなエンディングよりも、トニー・レオンとワン・イーボーとの武骨でクラシックなカット・バックが観れた時点でもう十分満足なのである。仮想敵として我が国が描写される現在の世界線は何とも言いようがないが、イエがフーの深淵に触れた時点で脚本上の立て付けは悪いが、アジアン・ノワール好きには二度鑑賞をおススメする。
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