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撤退のLCのレビュー・感想・評価

撤退(2007年製作の映画)
3.7
興味深かった。

痛い場面も怖い場面もないので、そういう意味では見やすい作品。
ただ、原題にもなっている「 Disengagement ( Israel's Disengagement Plan 「イスラエルによるガザ地区等撤退計画」のこと)」に関する知識が必要で、その点に関してはハードルの高さがあるかもしれない。
そういうわけで、なるべく簡単に、ざっくり流れをメモする。

ナチスによる政治が終わった後、ヨーロッパのユダヤ人たちの国を作ってそこに彼らを移す案が採用される。
移す先は、今のパレスチナのあるところ。パレスチナを分割してそこにユダヤ人が住めばええやん、と。
そうしてできたイスラエルは、パレスチナに元々住んでいたアラブ人から土地を譲り受け、たのではなく、奪い取ったし、アラブ人を追い出したし、ユダヤ人の土地(入植地)を拡大したし、アラブ人の住む場所は植民地として支配したし、場所だけでなくパレスチナの人々の精神面も殴り続けたし、勿論命も奪った。
そしてそんなイスラエルの行いに対して、「パレスチナに移ってもらう案がダメなものだったことにしたくない」世界のダブルスタンダードな姿勢も目立つようになる。要は、「イスラエル、やめてね、多数決とるよ」と言うものの、本気でイスラエルを止めない、という姿勢である。これが長年続いている。
イスラエルは、パレスチナの人たちを、「生かさず殺さず」じわじわと追い詰めた。何年も何十年もかけて。撤退はそんな彼らの行いのひとつに過ぎない。
パレスチナが耐えきれなくなり応戦してきたら、「ほうらやっぱりあいつら危ない!イスラエル人は自分たちを守りますよ!」と大声で世界を納得させようとしてきたし、直近もそういうやり方をした。2023年の10月7日に。

さて、ここまでの流れを踏まえて本作を見てみる。
主人公はフランスに住むユダヤ人であり、彼女はあくまでもイスラエル側の視点でガザの景色を目撃する。
娘がガザ地区で幸せに暮らしていることを知り、直後に彼女が子どもと笑う学校も、心身を休める家も取り壊される場面に出会う。
政治の世界にいない市井の者に降りかかる、政治の決定による破壊を目の当たりにする。
イスラエルの若い人は、パレスチナという場所をめぐる歴史に関して、結構行き届いた「印象操作」をされている。だからこそ、子どもたちと遊び笑い、穏やかな顔で「ここで生きるのって幸せ」と言う、そこに何ら曇りがないのは自然なことである。
しかし本作、ちゃんとパレスチナの人々を一瞬とはいえ印象的に映している。
彼らに対し、主人公は何も言葉を発さない。「アラブ人と話しちゃダメ」と言われ、遂には背中を向けて去っていく。

イスラエルの人がお邪魔しているガザ地区で幸せに生きる横で、フェンスで区切られた場所に「土地を奪われてきた側の人」が隔離されている。
「でも、イスラエル人だって辛いんだよね、たくさん涙も血も流してきたんだよね。」というのが、今世界的に採用されている視点であり、イスラエルが積極的に与えたい印象であり、本作はその視点でわかりやすく描いている。
住んでいる場所を追われるのは辛いよね、長く複雑な歴史の中で追われた側の人がすぐ隣にいるのだけど、彼らをフェンスで隔離して安眠していることについて、考える機会は持てないものか。
同じ痛みを持つ者として向き合うことは、もう不可能なのか。
一応記しておくと、「ユダヤ人だからこそ、今イスラエルが行っているジェノサイドに抗議をせねばならない」と声を上げるユダヤ人も多く存在する。

どんな理由があるにせよ、先住民から土地を奪ってニコニコ楽しく暮らして「幸せなの」と宣いながら、先住民は戦闘員だろうが非戦闘員だろうが女子ども、赤子までもが体を吹っ飛ばされても心が痛まないのは、人間として、ちょっと考えてしまうものだが。
「こっちは人質取られたんだ!」と主張していたイスラエル側、「1人残らず返すから停戦したいんだが」という条件を、飲まなかったね。どうしても停戦したくないんだけれど、やっぱり世界はまだ、そんな暴走を止められていない。
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