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海街奇譚のnetfilmsのレビュー・感想・評価

海街奇譚(2019年製作の映画)
4.3
 新年早々、随分と高尚な作品に出くわした。今作を一度観たくらいで、全てを把握した気になってはならないと肝に銘じる。そんな荘厳な雰囲気や緊張感が画面からは伝わって来る。物語は随分と取り留めない。姿を消した妻を探すため、愛した妻の故郷である離島の港町を訪れた男が目撃する3つの殺人。そこは、相次ぐ海難事故で住民の行方不明が続く寂れた町だった。カブトガニの仮面、消えた仏の頭、永遠の8月5日、呪われた海。数々の不可思議な事件に遭遇するなか、男は妻の面影を持つ女と出会うというのが物語の序章なのだが、チュー(チュー・ホンギャン)の旅が現実なのかはたまた幻想なのかはわからない。主人公の見た目への違和感は、非職業俳優を謡いながらも彼自身が劇中で舞台俳優を演じていることへの違和感もあるにはあるが、それ以上に宮台真司にもよく似た彼の表情の狂気に我々は誘なわれる。前半パートはそれでも割りとまともながら、中盤以降の迷宮設定は入り組んだダンジョンのように混迷を極め、そう簡単に尻尾を掴ませない。

 87年生まれで、中国第八世代に数えられるチャン・チー監督の処女作は、チウ・ション監督による『郊外の鳥たち』とも同工異曲の様相を呈す。現実と夢、過去と未来とは互いに相容れぬまま交わりながら、現実とも幻想ともつかぬ迷宮世界に我々観客を誘って行く。然しながらチャン・チー監督が今作の成立において、エドワード・ヤンの『恐怖分子』に多大なる影響を受けていることは想像に難くない。『恐怖分子』の壁張りの何十分割の紙のピンナップや、『台北ストーリー』の富士フィルムのようなクジラのネオン管が登場する今作には、古いカメラで被写体を撮ろうとする主人公やある意味、夢遊病化した街の住人たちが数多く登場するのだから。シャッターチャンスを追う主人公と都市のノイズに塗れた都市型犯罪に悲劇的に巻き込まれる登場人物たちの姿は袋小路に追いやられた中国の人々の姿を現すのではなく、無邪気なエドワード・ヤン・フォロワーとしての姿を晒す。やはり今作においても一際難解に見える物語の影で、ひたすら非凡なカメラの構図の審美的な構図は図抜けており、物語の不明瞭さはただひたすらに中国の検閲体制を考え、苦肉の策の企てなのだろうが、遠く離れた異国の地で、初日1回目を観た極東の私にはあまりにも衝撃的な映像の数々に面食らった。今年1本目の見事な映画体験。
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