噛む力がまるでない

遠い一本の道の噛む力がまるでないのネタバレレビュー・内容・結末

遠い一本の道(1977年製作の映画)
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このレビューはネタバレを含みます

 女優の左幸子が生涯で唯一監督を務めた1977年の作品である。

 70年代の日本を色濃くフィルムに刻んだ映画で、風景はもちろん、市井の人の姿や声がふんだんに盛り込まれていてそれだけでも面白い。ところどころ出てくる人々はたぶんエキストラだと思われるが、顔つきがとにかく良い(北海道弁を話すおばちゃんたちも味わい深かった)。当たり前のことだが、生きている人たちが映画の中にいて、まずそこに左幸子の生活者へのあたたかな眼差しがある。

 生産性向上運動の歴史や知識があればもう少しいろいろわかるだろうが、わたしのようなあまりそのへんが明るくない者としてはピンと来ないところがある。しかしながら、合理化の波にのまれる労働者の実態を描こうとしているのはわかるし、深刻さも感じる。この映画がすごく良いと思ったのは、希望の先には退廃があったという点だ。滝ノ上市蔵(井川比左志)と里子(左幸子)の2人はラストで長崎の端島までやって来るが、廃墟となった端島とくたびれた市蔵の姿が重なり、合理主義やエネルギー政策をやんわりと皮肉っているように見える(端島の歴史を考えてのものだと思うし、ロケーションもかなり印象的だ)。そしてそんな夫婦を当時の近代化の象徴である新幹線のぞみが運んできたところも皮肉がきいていて、非常によく練られたラストである。

 主題ではないがフェミニズム的な考えも織り込まれていて、先進的な感じがある。左にとって渾身の企画だったらしく、そこはかとなく気迫のある作品だと思う。