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ゴースト・トロピックのKnightsofOdessaのレビュー・感想・評価

ゴースト・トロピック(2019年製作の映画)
5.0
[真夜中のブリュッセルを巡るオデュッセイア] 100点

人生ベスト。バス・ドゥヴォス長編三作目。誰もいない夕暮れ時のリビングルームから少しずつ光がなくなっていく印象的な長回しから始まる、ある掃除婦の一夜のオデッセイ。マグレブ出身、58歳のハディージャは夜遅くまでオフィスビルの清掃をした後、終電で寝過ごして終点で目覚める。彼女は同じくブリュッセルに暮らしているであろう息子に短い電話をかけた後、自宅まで歩く決意を固める。このシーンは『霧の中の風景』終盤の高速道路の長回しとの親和性が高すぎる。艶やかな色彩の光と漆黒のコントラストに包まれた真夜中の静かなブリュッセル(Grimm Vandekerckhoveによる見事な撮影)は、彼女に初めての表情を見せ、彼女もまた多くの人間に出会う。そのそれぞれが、一期一会という言葉が沁みるほど刹那的で美しい。無理を聞いてくれて閉店後のデパートに入れてくれた若い警備員、寒空に死にかけていたホームレスと通報を受けてやって来た救急隊員、空き家になった元仕事場で偶然出会った隣家の男。中でも最も美しいのは、閉店間際のコンビニでハディージャを迎え入れてくれる女性店員だろう。二人は娘を家に置いて夜中まで働いているという共通点があり、目に見えない共鳴からか、女性店員はハディージャを家の近くまで乗せて行くと申し出る。しかも、真っ暗だが開店中の温かさと棚の電灯の光を残した店内で。画面の色からは温度を感じないのに、映画から不思議と温かさを感じるのは、こういった何気ないシーンが積み重なっているからかもしれない。

ハディージャには同居する17歳の娘がいるが、恐らく普通に帰宅してすぐに寝てしまうだろうハディージャは、自分がいない/寝ている間に娘が何をしているか知らないのだろう。女性店員の車の中から娘を見つけた彼女は、車を飛び降りて娘の後を追う。娘は同年代の男女五人グループで夜の街をぶらぶら歩いており、パーティに行くだの、未成年なのにビールを飲むだの、インカメで髪型を気にするだのと、年頃の少女が見せる行動を見せる。ハディージャは娘の行動を見て、止めるでもなく連れ帰るでもなく、彼女たちにビールを売った店を警察に教えるだけでその場を去る。この場面でさえ不思議な温かさに溢れているのは、娘がベルギーの同年代の男女とつるんでいることを可能にしているのがハディージャ自身が夜まで働いているからであり、娘がお金や住居、未来について不当に思い悩む必要がないことが示唆されているからだ。唐突に明るくなる(場所はハディージャが寝過ごす前に通りで見た旅行会社の電光掲示板で宣伝されていた南国のビーチに似ている)ラストで、彼女が誰もいない砂浜で仲間たちと遊んでいる姿は、本作品の行脚を無駄にしない希望が静かに佇んでいるかのようだった。
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