空きっ腹に酒

ゴースト・トロピックの空きっ腹に酒のレビュー・感想・評価

ゴースト・トロピック(2019年製作の映画)
4.9
どこか遠くへ行かなくても、たった一晩の出来事は、彼女をいつもと違う世界へと連れて行ってくれる。
寝過ごして終点まで行き着いた先、残高不足の口座、一羽だけになったオウム、バニラの香りのしたタバコ、出発取り止めのバス(日本じゃありえないよね)、路上に眠るホームレスとつないだ犬、ミントティーで暖めたからだ、近くまで送ってくれた女性とのやり取り、偶然見てしまった娘の知らない顔、こっそりと足を運んだ病室、ようやくたどり着いた家、
どれも彼女の生活から、そう遠くない場所で起きてることなのに、普段の彼女の生活からはものすごく遠いところにあるもの。それらが交わる夜、“日常の中にある非日常”な刹那的な時間が目の前に広がる。特別なことは何もないはずなのに、とても静かなのに、どうしてこうもドキドキしてしまうんだろう。ものの見方、切り取り方、やさしい眼差し。「いつもとちょっと違う」一晩のできごと、たったそれだけのことは特別なものとなって、静かに、だけどたしかに、いつもと同じように新しい日をまた迎えては、彼女はまたいつもとおなじ空間と、いつもと同じ時間へと帰っていく。空間は、時を刻み、生活にともなう音や光を吸い込んで、日常となるんだなあ。
ものすごく癒やされて、マッサージを受けたあとみたいな気分、ヒーリング効果バツグン、劇場内で寝てるひとのいびきが聞こえて、それすら愛おしく思える懐の深い映画だった。
観た後にめちゃくちゃ夜の街を徘徊したくなる欲に駆られて、まっすぐ帰宅することはせずに、とりあえずもう一本映画を観ようと別の街へと行くことに決めた。夜は終電で帰ろうと思う。いつもとちょっと違う時間を過ごそう。
空きっ腹に酒

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