多湖

ゴースト・トロピックの多湖のレビュー・感想・評価

ゴースト・トロピック(2019年製作の映画)
3.5
■ 「個の内側と外側」みたいな、見えない線があったように感じた映画だ。
たとえば、人肌のようなあたたかみを感じるインテリアをした部屋の風景。窓の外からは町の様々な音が聴こえてくる。鳥の鳴く声も、人々の営みによって発生する音も、人の声も。太陽が空に座する間、部屋には光が射し込み、そこには誰かの生活があることをうかがわせた。
けれど、その部屋はずっと無人だった。
太陽が沈むにつれて部屋も暗くなる。誰もいない、だから電気もつかない。やがて真っ暗になる。何も見えない、それでもそこには住人のいないあたたかみのある部屋があり続ける。

誰に知られずとも、観客の私に見えなくとも、そこはその家の住人が羽を休める場所であって、どんな他人にも侵されない神聖な場所である。
そして、誰もがそうした場所を持っている。その人の心の中に。そんなことを感じた映画だった。

■ 主人公の掃除婦であるハディージャは一日の仕事帰り、その日最後の電車で寝過ごしてしまう。静かに途方に暮れながらも、終点から歩き始める彼女はその道中で様々な人に出会って…、みたいな話。
その人たちとのやり取りの中で、各人の心の内にあるものが微かに見え隠れする――まるで、光に照らされている間だけ現れる影に、焦点を当てているような映画だったと思う。
登場人物のことはすごく断片的にしかわからない、わからないんだけど…、でも、断片的にしかわからないからこそ、やわらかく、もろく見えたのかもしれない。そう感じている。

■ その人が何を思っているとか、何を願っているとか、他人にはどうやったって知りようがない。そんなことを思ったかも。「ここではないどこかへ」みたいな、青色の鮮やかな海辺を映した看板の前、立ち止まってそれを見つめるハディージャの後ろ姿が印象的だった。
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