映画ネズミ

クロッシングの映画ネズミのレビュー・感想・評価

クロッシング(2008年製作の映画)
5.0
向いている人:
①「脱北」に関心がある人
②韓国の社会派映画が好きな人
③北朝鮮情勢に関心がある人

 「祭り」だった『レディ・プレイヤー1』の後ではありますが、これこそまさに、「見終わった後に世界が違って見える映画」でした。

 私、本作の予告をYoutubeで見て、即、DVDを衝動買いしてしまいました。同じ『クロッシング』でも、イーサン・ホークは出ていませんので、お間違えの無いようにしてください。涙腺が大決壊する映画でしたよ……。

 北朝鮮の村で、ヨンスは身重の妻と、息子ジュニと3人で暮らしていた。しかしある日、妻が結核にかかってしまう。薬を買うお金どころか、毎日の食べる物にも困るヨンスは、遂に、薬を買うために中国に脱出する決意をする。命からがら脱出したものの、待っていたのは中国警察による摘発だった。一方、北朝鮮に残された息子ジュニにも過酷な運命が待ち受けていた……。

 この映画の予告編、破壊力抜群です。2分半の予告編でこんなに心を動かされたことはありません。

 この映画が作られた当時、韓国では北朝鮮との融和政策を進めていました。だから、製作は極秘で進められたそうです。実際に脱北に成功した人のインタビューをもとに脚本が書かれました。

 だからこそ、北朝鮮での生活のディテールが半端じゃないです。小石でサッカーをする子供たち。破れた靴で舗装されていない砂利道を歩く。病気にかかってしまっても薬がないので、悪くなっていくのを見ているしかない絶望感。食べる物にも困り、ペットを殺して食べる始末。隣家が政府の摘発を受けて家族が無情にも引き離される……。もちろん、実際の現実のほんの一部だとは思いますが、自分のすぐ近くにこんな国があるとは……。

 父親ヨンスが、中国の豊かな暮らしを見たときの心の揺れ描写が見事でしたね。命がけで脱出して中国に行くと、そこには命の危険とは(とりあえず)無縁で、みんなきれいな服を着ているし、電気が通っているし、食べ物もたくさんある。自分のこれまでの生活レベルとは全く違う異次元の世界にきてめまいがしている感じがよく出ていました。「神は豊かな国にしかいないのか!? なんで北朝鮮を見放すんだ!」という彼のセリフは、見る側の感情ともしっかりシンクロするようになっています。

 一方、息子ジュニは、「必ず戻る」という父ヨンスの言葉を信じてけなげに待っているのですが、運命は彼をそのままにはしてくれませんでした。やがてジュニは、北朝鮮のさらなる地獄を目の当たりにしながらも、何とか父ヨンスと再会しようとします。このジュニがひそかに恋心を寄せる少女ミソンとの関係。こちらも目が真っ赤になるくらい泣きました。

 後半は、父ヨンスと息子ジュニが再会を目指すお話になります。まさに『父をたずねて三千里』です。

 前半で、父ヨンスも本当に家族思いで、息子ジュニも本当にいい子だからこそ、そして2人の境遇をこれでもかとディテール豊かに描いてきたからこそ、後半の展開に、見る側は祈るような気持ちで見てしまいます。どうか幸せになってほしい、と。

 そして、クライマックスの手前、息子ジュニがある人物と電話で話す場面。ここまで泣かずに来た人たちも、ここだけは、絶対に誰も涙をこらえることはできないと思います。そこからは、涙腺が緩み切ったまま、ラストまで泣き続けることになります。私はそうでした。

 この映画の監督キム・テギュンは、ほかの映画の評判はイマイチなのですが、この1本を撮っただけでも凄い人だと思います。まさに全身全霊を注いで、「誰に何と言われても、自分はこれを撮らなきゃいけないんだ!」という気迫を感じる一本でした。

 この映画は、ダークで、残酷で、救いのない話です。でも、同じアジア、しかも隣国に生きる私たち日本人が、この映画を見ずにいること、現実から目をそらすことは許されないと思います。

 見たうえで、みんなで考えてみましょう。北朝鮮問題の難しさ、そしてみんなが幸せになる方法はないか、と。
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