バス釣り太郎

ノスタルジア 4K修復版のバス釣り太郎のレビュー・感想・評価

ノスタルジア 4K修復版(1983年製作の映画)
4.9
正に「詩的宇宙の極地」のコピーが似合う奇跡みたいな映画なのに、内容はタルコフスキーにとっての自分ごとっていうのが胸アツすぎて泣けてくる。いや、実際映像だけでも世界一美しいんじゃないかと本気で思ったけど、それ以前に自分の内面世界をここまでの映画として昇華できちゃうの、芸術家としてめちゃめちゃ誠実で神。崇め奉ります。一番好きな作曲家がラフマニノフなんだけど、彼もまた祖国を想う気持ちが作品の質を上げていて同じだと思った(ラフマニノフもロシア亡命…)

芸術はすべて翻訳不可能なのだから国境をなくせばいい。序盤でそう言い放つアンドレイは荒唐無稽にも思えるが、その言葉と響き合うように映画は進んでいく。彼の内にある過去と現在、自己と音楽家サスノフスキー(あるいはドメニコ)、ロシアとイタリアの境界線は、田園の朝霧や温泉が放つ翠緑の湯気にまぎれて曖昧になっていく。イタリアで撮影しながらにしてその全てを表現しようとするタルコフスキーの豪胆さ自体がとても切なく、しかしそれでいて溢れる欲情を抑えきれないようであるのは、きっと「郷愁」という病に抗う方法が他にないから。洞窟の中、謎の少女相手に病的な独白を続けるアンドレイが、火や水の鮮烈なイメージに勝るほどになぜか忘れられない

イメージの世界に没頭するばかりに、現世にフォーカスする女(当然のように綺麗、タルコフスキー面食いで助かる)からは突き放され、孤独で限定的な生を生きる男の物語としてもめっちゃ良かった。協会へ行くエウジェニアに同行しなかったくせに結局は信仰にすがっていく様も、世界の救済さえノスタルジアの養分にする自分事の祈りに見えて泣ける。蝋燭に灯る炎が消えませんようにと、われわれが息を飲んでスクリーンを見つめる行為もまた祈りで泣ける。クロスオーバーするのはドメニコの演説。両のシーンとも、主体の目的が遂行された瞬間にだけ〝静〟の映画から〝動〟の映画に変わるのが最高にかっこいい。

あと家でU-NEXTで見直したら違う映画と言ってもいいほど色味が異なっていて驚いた。当時の撮影監督の監修とだけあって今回の4Kレストアの恩恵は凄まじい。
ちなみに4.9なのは眠いからです。10回くらい寝落ちして、もう1回映画館行きました。そんな人間に5.0をつける資格はありません(この先寝ずに初見で完走できるタルコ映画はあるのだろうか…残りあと4本……)