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ストップ・メイキング・センス 4Kレストアのshxtpieのレビュー・感想・評価

5.0
『リメイン・イン・ライト』も『ストップ・メイキング・センス』も、15、16歳の頃にしぬほど聴いた。

A24によるレストレーションの公開にあわせてリリースされた『ストップ・メイキング・センス』のデラックス・エディションを聴いてみたら、からだに染みつくくらいに聴きなじんだものがまるで別ものになっていて、ひっくり返ってしまった。映画のほうはといえば、初報からしてかなり驚いたのだけれど、日本での公開が近づくにつれて、周りの人たちがこぞって試写会に行っているを指をくわえて見ていて、私も行っておけばよかった、と悔しくてしかたがなかった。そういうわけで、はやく見にいかなきゃ、と焦っていたわけだが、ようやく見にいけた。IMAXレーザーで。

映像も音も、はんぱじゃなかった。冒頭、デイヴィッド・バーンが歩いてくるところからして、最近、新しく撮った映像なんじゃないかとしか思えなくて、腰を抜かす。目をぎょろりとひんむいて、猟奇殺人鬼の気持ちを歌うデイヴィッド・バーン。こわいくらいにきれっきれで、狂気を宿したまなざし。痙攣するからだ。続いて現れるティナ・ウェイマスは、彼に反してめちゃくちゃキュート。のりのりで踊りながら、印象的なベースラインを這わせる。オーディエンスはあまり映されないけれど、最初はみんな席に座っている。そして、熱を徐々に帯びていくステージ上のバンド、彼らの演奏。観客も当然、呼応して立ち上がり、踊りだす。

とにかく、映画を見ているのではなくて、ライブを見ている感じだった。その意味では、テイラー・スウィフトの映画とまったくおなじ。『ストップ・メイキング・センス』って、トーキング・ヘッズの映画だし、ジョナサン・デミが監督だし、もっとアートくさくて突き放したイメージがあった。けれど、このレストレーションでは、昂りや高揚や熱狂が生々しく、ありありと捉えられていた。そこには、1983年12月の空気が、ハリウッドの会場で起こったことが、劣化も褪色もないままに存在していた。劇場には、1983年のトーキング・ヘッズがいた。だから、ライブの熱さも、映画の公開当時の感動も、そこにはたしかにあった。

“バーニング・ダウン・ザ・ハウス”で最初のピークを迎える瞬間も、柔らかくてかわいらしい“ディス・マスト・ビー・ザ・プレイス”で強い確信を投げつけるところも、“ワンス・イン・ア・ライフタイム”で痛々しい緊張感と興奮を炸裂させる驚きも、なにもかもがすばらしかった。デイヴィッド・バーンたちのステージングーー彼は痙攣しながら走り回るーーとその運動量は、とんでもないものだ。ほとばしる汗が、スクリーンから観客にふり注ぐ。

デイヴィッド・バーンの歌詞は、どう聴いても意味がわからないし、「文学性」とかいう意味ありげな深みよりも、支離滅裂でナンセンスなおかしみ、跳躍とおそるべきかなしみに満ちている。“ディス・マスト・ビー・ザ・プレイス”の皮肉っぽい緩和と安心感から、まったくもって笑えない、引き裂かれたかなしみと驚き、緊張とこわばりを表す“ワンス・イン・ア・ライフタイム”に至るところは、あまりにも苛烈で痛烈だ。しかし、トム・トム・クラブのかわいい“ジーニアス・オブ・ラヴ”が、そこをなんとか救ってくれる。セットリストには、すさまじいドラマがある。

クリス・フランツの力強さ、バーニー・ウォーレルの天才的なシンセサイザーさばき(シンセの音が、またよすぎるのだ)、スティーヴ・スケールズの熱気、アレックス・ウィアーの縦横無尽さにくらべると、ジェリー・ハリスンが若干、所在なさげに見える時がある。スティーヴが「降りてこいよ!」と呼びかけても、ジェリーはシンセサイザーの前から離れなかった。このあたりに、バンドの崩壊の予兆も感じてしまう。

印象的なシーンを挙げだしたらきりがないし、そのほとんどがデイヴィッド・バーンのカリスマ性に由来してしまうので、やめておく。ただ、今まで気づかなかった自分がアホだと言えばそうなのだけれど、トム・トム・クラブの“ジーニアス・オブ・ラヴ”が当時のヒップホップをかなり意識していた曲だったことに気づけたのは、なかなかの収穫だった。その意味でも、ここには、1983年のムードがパッキングされている。

トーキング・ヘッズってほんとうにすごいバンドだったんだな、という新鮮みもおもしろみもない歴史的な事実を、『ストップ・メイキング・センス』のレストレーションはあらためて教えてくれる。「意味をなすな」というデイヴィッド・バーンの苦しまぎれのうめきは、意味なんてない音(楽)だけがそこにあることと、それにどれだけ多くの意味があるのかを、ものすごく雄弁に語っている。

ちなみに、映画館では、○○○○○さんが自分のすぐうしろで見ていて、ちょっとおもしろかった。

帰り道に『ストップ・メイキング・センス』をイヤホンで聴いたら、音があまりにも貧相で迫力に欠けていて、がっかりしてしまった。映画館での体験とくらべるのは酷だね。
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