ネノメタル

ゆるしのネノメタルのレビュー・感想・評価

ゆるし(2023年製作の映画)
4.4
敢えて希望を描かない視点だからこそ可視化される世界

1.Impressiom
ある新興宗教の団体に骨の髄まで洗脳されまくった母親にひたすら翻弄され、学校でもカルトだのなんだのいじめられまくったりする宗教二世である娘・松田すず(平田うらら)の過酷すぎる現状を忠実に映像作品として再現しきった衝撃作とでも言おうか。
 このように新興宗教を土台とした作品は世に多くあれど、宗教1世である母親とその2世となる娘における現状をまるでルポのようにこれほどまでに生々しく描いた映像作品は世の中にはなかったのではなかろうか?
それもそのはず。
 本作は、実際に宗教にハマってしまっていた監督の経験談も盛り込まれてたり、或いは300人ほどの宗教2世の方に取材をしたり、こうして無事に公開に至るまでに主演俳優が交代したり、現存する新興宗教からの猛批判を浴びたりなどの紆余曲折を経てようやくこうして世の中にドロップアウトされた過程を経なければ日の目を浴びることはなかったであろう「パンドラの箱」を開けてしまった感にも満ちているのだ。
 それほどまでに本作に随所に見られるヘヴィなエピソードの数々は新鮮(という言葉がここでは適切なのかはわからないが)少なくとも私にはそう感じられたものだ。
本作然りあと武田かりん監督『ブルーを笑える笑えるその日まで』然りその他諸々中高を舞台にしたインディーズ映画で描かれる担任教師の空気の読めなさ役に立たなさにはウンザリする。今の学校現場てああいう感じなんだろうか。

2.Focus
個人的に印象的だったのは宗教一世の母親・松田恵(安藤奈々子)に関してである。
あの若い頃の涼やかな表情から年を経ていくにつれて徐々に血の気が失せて狂気を孕んでいくあの形相がふと漫画家・押見修造氏の傑作『血の轍』におけるあのエンタメ界・個人観測最強の毒親である長部静子を彷彿としたりして。いや、本作を観てあの作品を読んだ事のある人は絶対にあの何かに取り憑かれたかのような母親の迷いなく心が漂白されたような目つきに何らかのシンクロニシティを感じることだろう。
 そして、特筆すべき点は、このようなシリアスさに重きを置いたテーマの映画作品にはどこかしら希望が内包されていてそれがエンタメ作品としての肝だったりもするのだが本作には徹頭徹尾そういった要素を意図的に排除してしまっている。
 これでもかこれでもかと、ひたすら母に、宗教に翻弄される宗教二世の苦悩が綴られているので、そこを批判の論点にする人が一定数存在するのかもしれないな、とも思ったりして。
 でも、当然SNSでは主人公と同じように元宗教二世の苦悩を体験した人々の感想なども散見されるのだけれど、その誰もが「現状を映像作品として残してくれて有難う」と言った感想・レビュー等が圧倒的に多いのだ。
こうした事実から。本作の主演をも務めた監督・平田うらら氏がこのテーマに真正面から向き合った事が最大の希望なのだといえよう。
 どこかテーマの深刻さを緩和するようなエンタメの要素を取り入れるのではなく、この作品としてのエッジを優先している点で平田監督の「潔さ」があるのだと思う。
 敢えて希望を描かない視点だからこそ差し込んでくる光があるものだ。
本作『ゆるし』からそんな学びを得ることができた。
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