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猫の散歩のdm10foreverのレビュー・感想・評価

猫の散歩(1962年製作の映画)
3.6
【お魚くわえたドラ猫~♪】

1962年に日本で制作されたドキュメンタリーチックな作品。
ある一匹の猫の日常を通して、当時日本で流行していた日本脳炎などの感染症に対する衛生観念の啓蒙を目的とした公共的な映像としての意味合いも強いのかな・・という感想。

まずこれに出てくる猫がなんとも変わった毛の色(三毛?サビ?)でとても特徴的なんだけど、それが何とも言えず可愛いい(それが後々この作品の「ちょっとした凄さ」にも繋がってくるんだけど・・・)

で、序盤はこの猫の「のんびりとしたノラ猫Life」が軽快なタッチで描かれていて中々楽しい。
でも、その猫のエサって基本的には各家庭からでる残飯や生ごみだったんですよね・・・。
猫が暮らす町の映像からしても、当時にしては家や道も整備されているのでそれほど田舎という雰囲気でもなく、むしろ「東京のどこか」だったんだろうな・・・っていう感じ。
雰囲気的には「サザエさんの原風景」のような感じですね。

野良猫が多いってことは、それだけ猫にとって住みやすい環境、つまり「食べ物に困らない」ってことではあるんですが、当時の生ごみの処理方法は、お庭がある家であれば庭に穴を掘って埋めていましたが、庭がない家は生ごみバケツに溜めておいて月に数回の「生ごみ回収おじさん」が引くリアカーにどさどさと放り入れるか、または台所から路肩まで繋がる「ダストシューター」からの直捨てなんかもあったんですね(!)
そうなると、猫たちは「人間たちの食べ残し」を頂戴するだけで食べ物には困りませんでした。
たまには夕食時を狙って民家に忍び込んで、焼き魚を頂戴することも・・・
(まさに「リアルサザエさん」)

でも季節が夏に近づくにつれ、ちょっとずつ町の風景も変わり始めて・・・・

この辺から、序盤の「テケテケテケ~」って感じの軽快さは徐々に影を潜め、当時の日本の衛生状況がまざまざと映し出されていきます。

金魚が住んでいたキレイな池の水は腐ってしまい、その金魚は死んで代わりにボウフラが大量発生してしまう。
たまたま見つけたドブネズミを追い詰めたネコは、そのネズミにウジャウジャとノミがたかっているのに気が付いて、とてもじゃないけど食べられない。
そして、家庭から出た生ごみにもハエやウジが大量に発生して・・・( ゚Д゚)

次第に食べ物も飲み水もなくなって途方に暮れる猫・・・。

この辺は容赦なく映ります。
蚤、ダニ、ハエ、ウジ虫、ボウフラ、謎の寄生虫・・・・
正に感染症キャリアのアベンジャーズやぁ!

そして、遂に恐れていたことが・・・。
猫が「出入り」していた家の子供が救急車で運ばれてしまったのです。

≪日本脳炎≫

当時の劣悪な衛生環境が要因となった感染症で、日本中に一気に広がりを見せていました。
そして立ち上がる「奥様部隊」。
「町をキレイにすることがこの世の中から感染症をなくす近道だ」と、生ごみの廃棄方法や、どぶ川の清掃、池に湧くボウフラの一斉駆除、ゴキブリにはバルサン・・・。

でも、町がキレイになっていく一方で、猫にとっての「住みやすい町」ではなくなっていくんですね。
エサにしていた残飯や生ごみは姿を消してしまい、その日に食べるものにも困ってしまう始末。
そして魚屋さんの目を盗んで生魚を1匹拝借・・・・。
しかし、魚屋さんに見つかってしまった猫は川へと投げ捨てられてしまいます。

びしょびしょになりながら何とか町まで帰ってきた猫は、もう「ノラ猫稼業」を引退し、唯一自分を可愛がってくれる「ご隠居夫婦」の元で飼い猫として穏やかに暮らす決心をするのでした・・・っていうお話。


で、まず何が凄いってね。
この時代(1962年)って、まだまだ撮影技術なんかもそこまで進んでいないだろう時にね、いろんな場面の猫をキチンと撮り続けているんですね。
最初にも言った通り、特徴的な模様の猫が主人公なので、ずっとその猫を追い続けたってことがわかります。
当時はフィルムもかなり高価で無駄なシーンなんてなかなか撮れなかったってことを考えれば、「1匹のノラ猫」を追い続けるって、当時の感覚で言えば実はそうとうリスキーな企画だったと思うんですよね。
撮影の途中でどっかに行っちゃうかもしれないし、場合によっては死んじゃうかもしれない。
そんな猫に、決して手を出さずに人間が合わせるような形で進んでいく、そんな内容でした。

でね、以前観た「はえのいない町」っていう似たような啓蒙映画があったんだけど、今の感覚でこの当時の作品を観ると、CGや特撮を使わない「生のグロさ」がそこにあって、何一つ間違った映像ではないのに「放送禁止」な映像になっちゃいそうな気もしました(ハエだのウジだのって、今のYoutuberでもモザイク掛けるわな・・・)。
さらに、猫を川に投げ入れるとか・・・もう鬼畜の所業。

もちろん当時の価値観でいけば、犬や猫はまだ今のような「愛玩動物」とまではまだなっていなかったから、いわゆる「野良」は排除の対象だったのかもしれんけどさ・・・。

今この作品を撮ったら、絶対「なお、撮影に際して使用した動物には一切危害は加えていません」っていうテロップが流れてたはず。

前半の「楽しい」「可愛い」ムードから一変する「リアル」「社会派」ムードも、猫の語りという形でナビゲートされるので、そこまで重くはならずには観れるかな。

当時の撮影は大変だったんだろうな~ってことに想いを馳せてみると中々感慨深いものもありました。

あと、監修に名を連ねている山口嘉次郎氏。
この方は、かの黒澤明監督が一生の師を仰いだことでも有名な方だそうです。
なかなか、力の入った一作だったこともわかりますね。
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