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メフィストの誘いのnetfilmsのレビュー・感想・評価

メフィストの誘い(1995年製作の映画)
4.0
 パリに暮らす米人文学研究者のマイケル(ジョン・マルコヴィッチ)は、フランス人の妻ヘレン(カトリーヌ・ドヌーヴ)を連れ、シェークスピアの出生の秘密の研究をするため、アラビダの古い修道院を訪れた。彼らを迎え入れた管理人(ルイス・ミゲル・シントラ)はヘレンに一目惚れし、2人の仲を引き裂こうと、若い女性(レオノール・シルヴェイラ)に誘惑させる。ゲーテの戯曲「ファウスト」を翻案にしたオリヴェイラらしからぬミステリーである。冒頭、マルコヴィッチの乗った車は、いかにも怪しい屋敷に降り立つ。そこは歴史のある修道院で、おどろおどろしい洞窟や奇怪なエピソードを持っている。屋敷にはレオノール・シルヴェイラ扮する若い女性がいて、修道院の管理人同様に、一目見たところから心奪われてしまう。その夜、マルコヴィッチとドヌーヴの間に決定的な不和が起こるのだが、これをオリヴェイラはドアの開閉のみで見せ切ってしまう。ショットのつながりがやや不明瞭なのは残念だが、マルコヴィッチが後ろを振り向いたところから、視線の交差や空間の移動を経て、冷えかかった夫婦の距離感が提示される。ドアに背中を付け、マルコヴィッチの足跡を静かに聞こうとするドヌーヴの姿が何ともいじらしい。

 中盤、高台のところでマルコヴィッチとミゲル・シントラがファウストとメフィストについて言葉を闘わせる場面も実に圧巻である。マルコヴィッチとミゲル・シントラの対立構造自体がまるでメフィストとファウストのように明確な対立構造を築いている。レオノール・シルヴェイラがオリヴェイラのミューズだとすれば、最も的確な代弁者たるオリヴェイラ組の常連俳優ルイス・ミゲル・シントラが『ノン、あるいは支配の空しい栄光』とは対照的な悪魔を好演している。邪悪な笑い方と囁くような話し方、突然舞台俳優のようにいかつい大声を出すあたりは、悪魔のニュアンスにぴったりで心底恐ろしい。対する主人公のジョン・マルコヴィッチも冷静に理性的に物事を見極められる人間である。中盤以降、震源となる深い森の中のロケ地としての力もさることながら、今作を雰囲気のあるものにしているのは、印象的な音の拾い方だろう。森の木々の揺れる音、古い館のドアや椅子の軋む音、そういう細部に渡る音を作品世界に取り込む事で、この映画の魅力に一層深く引き込まれる。
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