不在

旅芸人の記録の不在のレビュー・感想・評価

旅芸人の記録(1975年製作の映画)
3.8
旅芸人とは即ち、寄る辺なき芸術家だ。
ここでの芸人たちは宿を転々としながら旅を続けていく内に、帰るべき祖国、更にはそれに依拠して形成されていたアイデンティティすらも失くしてしまう。
彼らは生まれ育った国にいながら、難民になってしまったのだ。
新たな安住の地を探すため、周囲で起きる争いを避けるようにしてギリシャ中を逃げ回るが、戦争の影はそんな彼らを掴んで離さない。
ギリシャという国は、常に他国によってその存在を揺るがされてきた。
ギリシャ人でありながら祖国にて難民となった芸人たちと同じく、この国もギリシャでありながらギリシャではなくなってしまった。
この地に留まり続ける限り、人々に居場所などないのだ。
しかしそれでも旅人は彷徨い続ける。
自分にとって一番都合の良い立場、聞こえの良いイデオロギーへ肩入れし、なんとか自分の居場所を築こうとするのだった。

そして映画は始まりに戻る。
この世界は再び戦争、占領、独裁、内戦を繰り返すのだ。
手を取り合って生きることが困難な時代、侵略によって簡単に祖国を奪われる時代、戦争が芸術を殺す時代、人間が過ちを繰り返す時代に、それでも人は人生という舞台に立ち、役を演じ続けなければならない。
万雷の拍手で幕を下ろすために。
不在

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